迷子は人知れず死んでしまいました

少し身動いだ作兵衛が目蓋を震わせた。起きるのかなと顔を覗き込めば怪談話も斯くやの勢いで目が見開かれて咄嗟に息を詰めちまった。驚いた。すげー驚いた。お互いに目を真ん丸にして見つめ合う。あ、ちょっと腫れてる。後で濡らした手拭いを当ててやろうと勝手に決めた。

「…名前?」
「おう」
「名前、名前…!」

寄る辺ねえ子供みたいな作兵衛がまた泣きそうな顔してるけど、今度はおれが手拭いを渡してやろう。泣くんじゃねえよって背を叩いて、そうして頭を撫でて抱き締めて。

「おま…っえ、馬鹿じゃねえのか!」
「開口一番それか」
「し、死ぬつもりだったんだろう!?」
「そこまで考えてねえし手首じゃ死なねえよ、ふつう」
「名前は普通じゃないから死ぬかも知れねえだろ!」

普通じゃないってなんだそれ。失礼なやつだなと頭を小突けば泣きそうな顔をして笑った。そうやってずっと笑ってりゃ良い、笑ってろ。

「死なねえよ。おまえ置いて逝けるかってんだ」
「本当の本当だな?嘘吐いたら承知しねえからな?」
「おう。…なんだ作、泣いたのか?」
「ば…っ、これは違…なんでもねえよ!見んな!」
「ひひひ、作兵衛ったらおれが死ぬと思って泣いちまったの?」
「見んな、って!」

顔を背けた作兵衛の耳が赤くて、かわいい。嘘なんて吐かねえよ。置いても逝かねえよ。

「なー、作兵衛」
「あ?」
「神崎と次屋は?」
「また迷子にでもなってんだろ、ったくあいつらは」

仕方ねえなあ。そう言って立ち上がった作兵衛がおれに背を向ける。見慣れた背中はいつだっておれを残して行っちまう。いつだっておれは見送った。何も言わずに、笑って送り出した。作兵衛はおれを置いて行く。思えばそれは随分と卑怯な言い掛かりだ。何もせずに何も言わずに気付いて欲しいだなんて、卑怯にも程がある。気付いて欲しけりゃ言えば良い構って欲しけりゃ言えば良い。何も言わずに悟ってくれだなんて、無理な相談だったんだ。

「……よし、行こうぜ作兵衛。迷子探しだ」
「名前?」
「なに、おれも一緒じゃ拙いことでもあんの?」
「ねえ、けど」
「じゃあ良いだろ。今度からおれも混ぜろよ」
「突然どうしたんだ、名前?」

何でもねえよ。大したことでもねえ。一度も言わなかった。一度も動かなかった。それをもう止めにする。置いて行かれたなら追えば良い。言いたいことがあるなら言えば良い。我慢するのは性に合わねえ。作兵衛はあいつらだから探しに出るんだって勝手に思い込むより言えば良い。

「おれが迷子になっても探してくれるんだろ?」

初めて伸ばした左手首には白い包帯。部屋の中は煎じ薬の臭い。振り返った作兵衛の頬には涙の跡。これをしあわせだ、なんて言ったら殴られるに決まってる。

「馬ァ鹿、そんなのいの一番だ」

だからこれは自殺じゃない。大人に成り切れなかった一人の子供によるただの、



ただの迷子騒動。





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