迷子は人知れず死んでしまいました

二人で出掛ける約束をした。二人で共に過ごしていた。それだけで良かった、それだけで幸せだった。恥ずかしそうに笑う作兵衛と、おれ。大好きと愛してるを繰り返して、抱きしめて、口吸い。ああしあわせ。作兵衛はおれのことが好きだし、おれが作兵衛のことを好きなのは判りきったことだろ。だったら何を怖れることがある。何もねえだろ?おれたちは相思相愛、これ以上のしあわせなんておれは知らねえ。これ以上のしあわせなんておれは要らねえ。だから作、作兵衛、泣くな。泣くなお願いだから泣かないで。そばにいてなんて言わないから、泣かないで。わがままなんて一つも言わねえから、泣かないで。頼むから。お願い作兵衛、泣かないでくれ。

「馬鹿だなあ」

自傷を褒める訳じゃないけれどと前置きした保健委員長は苦笑いを浮かべながらおれの目尻を拭ってくれた。名前が泣いてどうするの。ほんとうに、ほんとうに。泣いたのは作兵衛で、おれが泣いて作兵衛が泣き止む訳じゃねえのに。作兵衛が泣いたのが、なかったことになる訳でもねえのに泣くだなんて、みっともねえなあ。

「名前、鉢屋たちが怒ってたよ」
「だと思いました」
「ぼくたちはそんなに頼りにならないかな?」
「そんなこと、ねえですよ」

神崎が迷子になった。作兵衛が探しに出た。おれはそれを見送った。次屋が迷子になった。また作兵衛が探しに出た。おれはまた背中を見送った。神崎が迷子になったと後輩連中が騒いだ。呆れながら作兵衛はやっぱり立ち上がった。次屋が迷子になったと先輩連中が騒いだ。溜息を吐きながらそれでも作兵衛はおれに背を向けた。悪いな名前。気にするな、作兵衛も大変だなあ。もう慣れちまったよ。そうか。おれも慣れてしまったよ。見送るおまえの背中に慣れてしまった。嗚呼寂しいな、嗚呼悲しいな。今日は二人で出掛けると言っていたのに。嗚呼虚しいな、嗚呼泣きたいな。今日は二人きりで過ごせる筈だったのに。嗚呼嗚呼嗚呼。

「でもおれ、学級委員長ですから」

弟妹に母親を取られた子供みたいに駄々を捏るなんて出来ねえだろ。構ってなんて言えやしねえ。我慢、我慢我慢我慢。きっと次の休みは、なんて期待すんのも諦めた。作兵衛は迷子が出ればおれを置いて行っちまう。おれを残して行っちまう。嗚呼、寂しいなあ寂しいなあ。あいつら羨ましいなあ。作兵衛に構って貰えて羨ましいな。さみしいな。

「ぼくも怒ってるんだよ?」
「…切ったからですか」
「それが半分。もう半分は名前がそこまで追い詰められてるってことに気付けなかったぼくたちに怒ってるの。…、判る?」

だめだだめだそんなのだめだ。作兵衛がそんなこと知ったら自分を責めるに決まってる。全部悪いのはおれなのに、全部悪いのを作兵衛が背負い込んじまう。そんなのだめだ。絶対にだめだ。作兵衛はただでさえ色んなもんを抱えてるのに、おれもなんて重過ぎるだろ。だからだめだ。絶対にだめだ。悲しそうな顔した善法寺先輩ごめんなさい。鉢屋先輩も尾浜先輩もごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい、本当にごめんなさい。でも誰に怒られても誰に責められても泣かれても、作兵衛じゃないなら構わない。

「握った刃を他へ振り下ろさなかった君は、大人過ぎたよ」

でもまだ子供でいても良いんじゃないかな。なーんて言う善法寺先輩はやさしい。あーあ。調子乗っちまう。おれはそんな大層なもんじゃねえし、大体他ってなんだ。おれは作兵衛に構って欲しいだけで神崎や次屋のことが憎い訳じゃねえ。大人になんてなれやしない。



ただ寂しがりの子供が独り。





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