迷子は人知れず死んでしまいました

突き立てて、抉る。
切り裂いて、開く。
流れ出して、滴る。
赤いそれ。

同室者が戻る前に始末をしてしまうつもりだったそれが、何の因果か一番見付かりたくない奴に見付かった。真っ青な顔をして、おれの左手を握り締めた。作兵衛、痛えよ。おれの左手首をきつく握り締めた作兵衛の手が真っ赤に染まってた。ぽろぽろと涙が流れても誰もそれを拭おうとはしねえ。誰か手拭いを作兵衛に渡してやれよ。涙を拭えって、渡してやれ。作兵衛は自分のことがいつも後回しで人のために走れる優しい奴なんだ。だから、誰か作兵衛を見ててやれよ。誰か作兵衛を守ってやれよ。そうしねえと、あいつ直ぐに無理して無茶して壊れちまうじゃねえか。なあ、おい。誰か、作兵衛を。

「何してるの」
「見て判らねえ?求愛行動」

冷めた目でおれを眺める同室者に冗談は通じねえようだと悟り、作兵衛の頬をふにふにと突いていた右手を持ち上げてひらりと振った。左腕は作兵衛に握られてて動かせやしない。寝てる作兵衛起こしてまで引っこ抜く必要性も感じねえから、取り敢えず放置。にしても左手首に見える大量の包帯には脱帽だ。なにこれ、保健委員ちょっとやり過ぎなんでねえの?名字、と名前を呼ばれたんで顔をあげる。同室者の肩には今日も見慣れた毒蛇が鎮座していた。思うんだけど、絶対肩凝るよそれ。

「怒ってたよ」
「誰が」
「六年生とか、おまえの委員会の先輩とか、あとじゅんこ」
「まじか」

鎌首を持ち上げた毒蛇からは舌がちらちらと見えている。悪いねと言いながら頭を撫でれば納得してくれたのか大人しく定位置に戻ってくれて一安心。弱った身体で毒蛇の一噛みは洒落にならねえ。次いで怒ってると言われた先輩の顔を思い浮かべて顔が歪むのが判った。あの人たちは聡いから、きっと全部に気付いてるんだ。ああ嫌だなあ、おれ怒られるのは得意じゃねえのに。

「褒めれば良いのか詰れば良いのか判らないって、言ってた」
「…善法寺先輩?」
「も、尾浜先輩も」

あああ、やっぱり全部気付かれてる。目眩がしたけど目頭を押さえて堪えることにした。弱虫なおれはいつだって逃げ道ばっかり探して、勝手なことをして他人に迷惑を掛けて。おれってはた迷惑な男。左腕に寄り添って眠ってる作兵衛の頬には幾筋も涙の跡があって、罪悪感。こんなにも作兵衛泣かせて、ほーんと迷惑な男。あああ、生きててごめんなさい。さっさと死ねば良いのに、生きてて本当にごめん。

「名字」
「、あ?」
「名字が死んだら、富松が泣くよ」
「…そいつは駄目だ」
「うん、だから生きると良いよ。じゅんこもその方が良いって言ってる」

人間を好かない同室者は白い手を伸ばしておれの頭を撫でた。ああごめん、こんな弱虫で本当にごめん。理由を聞かないでくれる同室者が優しい。心配してくれる先輩が優しい。側にいてくれる作兵衛が愛しい。こんなに恵まれてるのに、おれはなんて駄目な奴だろう。弱くて間抜けな、寂しがり。

「名字は富松のことを聖人君子のように言うけれど、おまえだって相当なものだよ」

同室者は作兵衛の頭に視線を寄越して出て行った。眠る作兵衛はあどけなくて、でも泣いた跡が痛々しくて、おれの方が泣きたくなる。泣かせるつもりじゃなかったなんて、言い訳になるから言わねえけど。



悪いのは全部おれだ。





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