初恋

鉢屋三郎は恋をしている。同じろ組の竹谷は溜息混じりにそう語った。食堂で戯れる青紫色の装束と桃色の装束を穴が開くほど眺めている鉢屋三郎は恋をしていた。ぎりりと手拭いを噛むほど間抜けではなく、かと言って二人の間に分け入ることが出来るほど器用でもなかったので鉢屋はただ戯れる二人の生徒を遠方から眺めることしか出来なかった。

「不破先輩、また今度お買い物に付き合ってくださいな」
「うん、ぼくで良ければいつでも誘って。何が買いたいの?紅、それとも簪?」
「先輩と揃いのものであれば、なんでも。先輩が使っていらっしゃる紅も白粉も、とてもお似合いだとくのたまの先輩方も褒めていらしたから」
「それじゃあ三郎も誘おうか。見立てに関しては三郎が上手いから」
「いいえ、いいえ!そんな滅相もない!不破先輩たらよくご存知の癖に、意地悪が過ぎます」
「名前は揶揄うと面白いもの」
「まあ酷い!」

小さな桃色の装束を膝の上に乗せた不破を羨望の眼差しで眺めながら鉢屋は臍を噛んだ。それを横目でちらりと見て竹谷はそろりと立ち上がった。三十六計逃げるに如かずと言うではないか。鉢屋が握り締めた湯呑みがみしりと音を立てるのを尻目に竹谷は少し離れた席に着いていたい組の二人へ近付いた。饂飩を啜りながら蕎麦も良かったなあと平和な会話をする二人組の向かいに座し、竹谷は大きく息を吐いた。

「どうしたのハチ」
「どうしたもこうしたも、あれ見ろよ」
「あれって、雷蔵と名前?」
「相変わらずあの二人は仲良しだね。それがどうかした?」
「そこから視線を左へ一間」
「嗚呼」

なるほどと頷いた賢い二人組は机の上にうなだれた竹谷の頭を撫でてやった。視線の先では同じ顔の男がくのたまと少女と戯れている。まるで兄と妹のような微笑ましい光景だった。忍たまの五年生には同じ顔をした男が二人いる。一人はくのたまの少女と戯れる不破雷蔵であり、もう一人はその光景をじつと眺めている鉢屋三郎だった。気味が悪いほど仲の良い二人が最近はあまり共にいる姿を目にしないと思っていたが、これが原因かと尾浜は生温い笑みを浮かべた。

「名前に雷蔵を取られちゃったんだ」

不破の顔を借りていることから判るように、鉢屋は不破のことが大好きだ。それこそ四六時中共に過ごしても飽きないほど依存している。そんな不破に懐く幼い少女に嫉妬しているのかと尾浜は笑い、久々知は呆れた。相手はまだ膝の上に乗るような幼い少女だ。

「残念ながら違うんだな、雷蔵に名前を取られちまったんだよ」

うなだれた体勢のままで顔だけ持ち上げた竹谷は不破の膝に座る少女を顎で示した。くのたま教室に通う名字名前は今年十一になったばかりの二年生だった。元々は鉢屋が可愛がっていたものが、気付けば不破にばかり懐くようになったのだ。そうして現在に至る。そうして竹谷曰く、鉢屋三郎は恋をしている。

「へえ、あの三郎がねえ」
「確かに名前は器量も良いし機転も利く気立ての良い娘だが、まだ十一だぞ」
「年齢よりも問題は相手が三郎ってことだろ。あいつに好かれるくらいなら、おれは独り身でいい」
「おれも三郎に好かれるのは勘弁だなあ。悋気強そうだもの」

不意に身を翻して去った鉢屋を眺めながら三人三様に勝手なことを口にした。そう言えばと思い返してみれば確かに名字は不破ではなくて鉢屋にとても懐いていた時期があったのだ。

「三郎は名前に嫌われるようなことをしたのか?」
「さあ?」
「調度三郎もいないことだし本人に聞いてみたら良いんじゃないの」

そうして尋ねた結果、楽しそうに笑って不破は膝の上に乗った名字を促した。促された名字は困ったような顔をして三人を見渡し、意を決したように口を開いた。



だって本物に話し掛けるのは恥ずかしいじゃないですかと顔を赤くした少女のことを、もう暫くだけ黙っていようと彼らは決めた。



@鉢屋にやさしくプロジェクト





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