わたしは見える

わたし見えるよと言ったら父さまは恐い顔をしてわたしを殴った。棚の角にぶつかった頭が痛くて血が出て、どうしてなんだと喚きながら頭を抱えて崩れ落ちた父さまから逃げるようにして泣きながら母さまの元へ走った。わたし見えるよと言ったら母さまはわたしを抱き締めた。ぎゅうときつく抱かれてわたしを褒めた。そうして鬼の面を着けた母さまはどこかへ出掛けてわたしは一人でお留守番。わたし見えるよ。わたしがどう動けば父さまが死んで、わたしがどう動けば母さまが殺すのか。わたし見えるよ。遠くない内に死ぬ者が、わたし見えるよ。そう言ったら先輩は鼻で笑った。酷いなあ、本当なのに。

「わたし見えるんですよ、潮江先輩」
「そういう冗談は仙蔵の方が好むからそちらへ行け」
「だからわたしを愛してください」
「質の悪い冗談だな」

あーあ。本当なのに、見えるのに。わたしには見えるのに。父の大店が不審火によって全焼した後、わたしは母の下で育てられた。母の家系は所謂そういう一族で、三代に一人の低い割合でわたしのようなものが生まれるのだと教えてくれた。わたしが見えるのは当たり前。わたしが見えるのは素晴らしいこと。一族の中で崇め奉られて育ったわたしは立派な教祖さまになりました。だって見えるのだもの仕方ない。わたしは見えることに違和感もなく十三まで生きて来た。もう生き方なんて変えられない。わたしには見えるものを見て見ぬ振りなんて出来ない。だってわたしは、見える。

「また潮江先輩を怒らせたのか、名前」
「怒らせてはいないよ。あの人が勝手に立ち去っただけ」

卒業試験を間近に控えた六年生がぴりぴりとしていることは知っている。だからこそわたしを愛せと教えてやっているのに、あの人はわたしの言葉に耳も貸さない。わたしには見える。見えると言っても幽鬼や魂魄の類いではない。わたしには見える。人が死ぬ原因と、それを回避する方法が見える。発露したのは四つの頃で、父が母に殺される様子がわたしには見えた。それを口に出せば殴られ、幼いわたしは母の元へ駆けた。そうすれば父が死ぬことが判っていたのだ。人生最初の殺人は、四つで行われた。

「突然死にたくなければ名前を好きになれと言われても困るだろうが」
「なぜ?死にたくないならわたしを愛せばいい。それで生き残れるなら安いものだ」
「名前は潮江先輩のことを、好いているのか?」

老衰以外ならわたしに覆せない死などない。教祖さまとなったわたしは金子を受け取って死を回避させる。わたしにしか見えないのだから仕方ない。わたしが手を差し延べなければ死んでしまうのだ。人生で初めての人命救助は六つの頃だった。病床の少女に差し延べた路傍の草が彼女の命を救った。勿論わたしには最初からその草が少女を救うことが判っていた。だって見えていたのだから当然のことだ。

「さてね」

どうすれば救えるのか判るなら、救ってやればいい。それがわたしにとっての正解だ。自らの身を守れるようにと母に言われて入学した忍術学園は、正しく死屍累々の体だった。この学園はわたしを待っていたのだと思いたくなるほどに誰もが死の臭いを纏っていた。片っ端から手を差し延べ、気付けば四年が経っていた。わたしが救った先輩の中にはわたしに救われたと気付き、わたしを信仰する者もあったので母たちも喜んでいるだろう。わたしは救えるだけ救うためだけにここにいる。

「ではなぜ」
「救える命を無為に散らせる必要はないだろう」

いつだってわたしはそうした。時には届かず取りこぼした命もあった。それでもわたしは救えるだけ救った。そうすることで見えることを理由に父を殺したわたしを慰めたかったのだ。わたしは見えるよ。だからわたしを信じてよ。だからわたしを愛してよ。まるで子供のようだと自分でも思う。それでもあの人はわたしを愛さなければならない。



「潮江先輩」
「名字、またおまえか」
「またわたしです。わたしを愛する気になりましたか」
「いいや残念ながら全くならんな」
「そうですか、わたしも残念です」

夜間鍛練へ出掛ける支度を整えていた背に近寄った。そうして頚椎を狙って手刀を落とす。崩れ落ちた身体に紫色の上衣を掛けて目蓋の下を黒く染める隈に指を伸ばせば皮膚の感触がした。わたしは見える。だから救わなければならないなんて、それがわたしの我が儘だと知っている。それでも救うことがわたしの生きることなのだ。わたしによるわたしのためのわたしへの贖罪。馬鹿馬鹿しいと蔑んでくれても構わない。そうすることでしかわたしは生きられない。

「だからわたしを、愛してください」

それはどうしても寂しくてそれはどうしても悲しくてそれはとても馬鹿な子供の我が儘だった。それでもわたしに見える光景は変わらなかったから、わたしは決めた。わたし見えるよ。どう動けば人を殺せてどう動けば人を生かせるのかわたしはもう知っている。気味が悪かっただろう。馬鹿馬鹿しいと思っただろう。それでもわたしはそういうふうにしか生きられない。

「潮江、先輩」

応えはない。起きたらまた怒ってくれるだろうか。掛け値なしでわたしの頭を本気で殴ったのは父以来だったので。想像以上にわたしはあなたを気に入っていたようです。最後に少しだけ硬い髪を撫でて、わたしは笑った。

「わたしには、見えるよ。先輩が笑ってる景色」

ぼんやりとしたその向こう側で、あなたが笑っている。これだけでわたしには十分だった。鎖鎌を片手に振り返らず進んだ。こちら側に曲者がいることは判っている。その曲者に誰かが殺されることも知っている。前にもあったから対処の仕方も知っている。必ず誰かが死ななければならないなら、代わりの命を用意すれば良い。そうしてそれを充てがえば良い。三年間はその術を用いることなく過ぎていったが四年目の今年は逃げられそうにない。

「先輩」

わたしはこの学園が大好きで、この学園の生徒が大好きなのだ。だから代わりの命なんてどこにも見当たらなかった。温かくてやさしくて大好きな人たちに代わりなんて見付けられなかった。そうして今日を迎え、わたしは救うためにひとつの命を犠牲にする。わたしを愛せば生き残れるだなんて嘘八百もいいところだ。あれは最後に愛されたいと駄々を捏ねた子供の願望。わたしの願望。わたしの命の代価。

「卒業おめでとうございます」



言えず仕舞いのさようならとだいすきとあいしてたはわたしがあちらへ連れていく。




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