愛が産まれた


※病んでます。
そうぞうにんしんがお嫌いな方は逃げてください。






ぼくと名前を繋ぐのはただ互いの思いだけでした。それは言ってしまえば頼りない紙縒りによって繋がれている訳でありまして、どちらかが少しでも間違っていると言ってしまえば容易く切れてしまうような、そんな確証のないものでした。ぼくはぼくでありましたので、ぼくが名前を心底好いていて、思っていることは違えようのない事実であることをぼくは知っています。けれどぼくは名前ではありませんでしたので、彼がぼくを真実好いてくれているのかなど、知る術もないのです。それはぼくには堪らなく寂しいことでありました。ぼくには名前のくれる言葉を信じる他なかったのです。その言葉を真実だと訴えるのはぼくが彼に寄せる好意だけで、つまりその言葉は容易に偽ることの出来るものだったのです。嗚呼愛が目に見える形であれば良いのにとぼくは始終思っていました。そうすればぼくはこんなにも悩まず、ただ名前のくれる大好きの言葉を信じて笑っていられたと言うのに。そうすれば誰もぼくと名前の間に入って来ることなど出来ないと示すことが出来るのに。ぼくは彼を信じたかったのです。

「い組の生徒が、くのたまを孕ませたのだって」
「それは拙いよ、流石に拙い」
「だから退学になったのだと聞くよ。ああ、勿体ない」

学年が上がってもぼくは名前の言葉を心の底から信じることが出来ませんでした。変わらずぼくを愛しいと言ってくれる彼を信じられない己が、悔しく憎くあったのです。口吸いもしました。褥も共にしました。名前は優しくぼくを抱き締めて言ってくれるのです。あいしていると。彼と繋がっている時間だけはぼくの心は安寧としていました。その時間だけは名前が違えようなくぼくを愛してくれていると身をもって確認することが出来たのです。ぼくは確証が欲しかったのです。それが消えぬ傷痕であれ、痛みであれ、言葉以外の何かを欲したのです。全く、我が儘な話だと自分でも思うものです。

「名前」
「どうした、庄左ヱ門」
「ぼく、おまえの子を孕んだようなのだけれど」
「なんと」

驚いたように目を見開いた名前は次いで晴れやかに笑ってくれました。それはぼくの一番好きな笑顔でした。あいしているよ庄左ヱ門、愛している。言葉と共に抱き締められて口を吸われてぼくは嗚呼と悦に入った溜息を漏らしました。嗚呼ぼくは身体の芯まで震えるような快楽を得たのです。褥を共にしてもぼくは男でありましたから、名前の子を孕むことなど出来はしないのです。それが堪らなく口惜しく、まるでぼくと名前は最初から繋がっておらず、そのためにぼくが欲しがる確証などは存在しないのではないかと考えたものです。繋がっていない糸は端が見えるばかりで相手の姿など見えはしないのです。嗚呼、なんと口惜しい。

「庄左ヱ門の腹に、おれのややが宿ったのか」
「うん」
「そうか。ふふ、おれと庄左ヱ門の子が」
「…嬉しい?」
「当然だろう。嬉しいに決まっている」

嗚呼、その言葉が欲しかったのです。男である癖に子を孕むなど気味が悪いと言われることも覚悟の上でした。嘘偽りを口にするなと罵られることさえ覚悟していました。ぼくの愛する名前であればそのようなことを口にする筈がないと信じてはおりましたが、それすら揺らいでいたのです。正しくぼくと名前を繋ぐ紙縒りは切れてしまいそうだったのです。背骨が軋むほどきつく抱き締められて、ぼくは歓喜の声を上げました。名前の愛は紛れもなくぼくへと向けられているのです。ぼくの腹に宿った赤子がその証明、何よりも尊い確証なのですから間違いはありません。

「若し退学になったらどうしようか」
「庄左ヱ門はどうしたい。おれはおまえと共に居られれば、何だって構わないよ」
「…産んでも、構わないの?」
「勿論、むしろ産んでおくれとおれが懇願したいくらいだもの」

未だ膨れてもいないぼくの腹を優しく摩りながら名前は退学も厭わないと明言してくれました。先日まではあんなにも不安を掻き立てた彼の言葉のひとつひとつが、今はこんなにもぼくを幸福の絶頂へ押し上げてくれるのです。名を呼んでねだれば優しい仕草で口吸いが行われて、離れがたく絡めた舌は拒絶されることなく受け入れられました。混ざり合う互いの唾液さえ飲み下して、絡み合う。嗚呼、嬉しい。

「愛しているよ、名前」
「おれだって愛している」

もう嫉妬の必要も心痛の必要だってないのです。だってぼくの腹には愛しい名前の子がいるのですから、危惧するだけ無意味なことだと既にぼくは知っています。嗚呼、幸せ。名前の言葉を僅かにも疑うことなく受け入れることの出来る幸福がぼくを満たしていました。名前の優しい腕に抱かれて、腹に負担を掛けないようにと眠る日が増えました。もう身体を繋げなくともぼくは名前から与えられる惜しみない愛情に気付いたのです。名前に愛されている。それだけでぼくは充足感で胸がいっぱいになってしまうのです。愛し愛されることの幸福。ぼくと名前は恐らくこの時に、正真正銘の家族となったのです。



決して産まれることのない子を愛で、膨らむことのない腹を撫でながらぼくたちは愛が産まれる日を待ち侘びています。




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