姉の話

昼は恩師の計らいでくのたまとして過ごし、夜は雷蔵の顔を拝借して雷蔵の元へ通う。まるで学生時代に戻ったような不思議な生活が可笑しかった。

「名前!」

まるで逢い引きのようだねと揶揄れば、雷蔵は頬を真っ赤に染めて怒ったけれど、それがただの照れ隠しだとわたしは既に知っている。忍たまもくのたまも学年が上がれば反比例して生徒数が減る傾向は相変わらずだった。こればかりは変化もしない世の常ならぬ忍者の法則なのだろう。空き部屋の目立つ忍たま長屋の一室で、わたしは飛び付いて来た雷蔵のふあふあとした髪を撫でてやる。柔らかな髪を撫でてやれば、へにゃりと表情が緩んだ。

「今日は名前を見付けたよ」
「おや、どちらで?」
「最初は食堂で立花先輩。次は三年生の神崎。最後に勘ちゃん!ね!」
「おやまあ」

合っているでしょうと得意げな顔をする雷蔵が見抜いたのはわたしの変装で、流石に五年間を鉢屋三郎と共に過ごして来ただけのことはあった。雷蔵は、筋がいい。食堂では共に朝食を摂った六年生でさえ気付かなかったというのに。まるで当然のことであるかのように見抜く。わたしの方が自信を失いそうだ。

「雷蔵」
「なあに、名前」

甘える子猫のような子供がわたしの名を呼んだ。平成の世からいらっしゃったという天女さまは確かに話をしてみれば不思議と時間が経つことも忘れてしまうような雰囲気の持ち主だった。忍たまたちを弟のようだと言った彼女に悪意はない。けれど、悪意の有無だけが可否を分けるとは限らないのだ。彼女は、それを知らない。

「おまえ、変装の類いは得意?」
「?苦手ではないけど、どうして?」
「ではもっと上手におなり。わたしが見破ることの出来ないほどに」

首を傾げながら頷いた雷蔵を三郎の待つ部屋へと帰して、わたしは一人ほくそ笑む。天女さまは何も知らない。彼女目当てに各国の忍びが学園を偵察に訪れていることも。彼女の所為で泣いている生徒がいることも、知らない。限られた人間だけで構成された彼女の世界は平和なのだ。誰もがその平穏を守ってくれる。

「まるでお姫さまのようだね」

雷蔵の顔を模してわたしが笑うとまるで三郎のようだ。頬を桜色に染めて、まるで子犬のように天女さまへと懐く、鉢屋三郎。利吉が言っていた通り、戦う術さえ持たない無力な小娘だった。シナ先生が言った通り、ひとを傷付けていることにも気付いていなかった。知らなかったで許される世界から来たと言うなら信じましょう。けれど

「この世界でも同じ言い訳が通用すると考えているなら」

甘い。彼女がわたしに食べさせたいと言ったケエキなどより、チヨコレエトなどより、ずっと甘いことは折り紙つきだ。くのたまたちに厭われていることにも気付かない。気付こうとしない。だからこそ自身が狙われていることにも気付かない。

「ふ、ふふふ、ふはははっ!」

正しいのは天女さまなのか、それともわたしなのか。教えられたことだけを学び、教えられなかった全てに目を向けない天女さま。教えられたことだけでは飽き足らず、必要もないのに知られたくないことまで白日の下に晒すわたし。勝負をしようか、天女さま。一体どちらが正しいのか。


わたしに言葉を教えて下さった天女さま。勝てば官軍、と言うのだそうですね。




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