言葉が足りない


もう数えるのも馬鹿馬鹿しいほど繰り返した春が来た。桜の花は散れど初々しい新入生は訪れないし、目障りな上級生は卒業していかない。その所為でおれは今日も紫という忍ぶ気があるのかと正気を疑われるような色味の装束を身に纏い四年生の教室へ行かなければならない。これどんな不運。

「あ、名前くんだ」

嬉しそうに駆け寄って来る大型犬こと同級生の斉藤タカ丸さん。正直この人の顔も見飽きた今日この頃。髪結い・そこそこイケメン・金髪。それ意外に特徴を持たないなら個性派な連中しかいないこの学園で生き残るには厳しいだろう。突然この人の顔が潮江先輩みたいになってギンギーンとか叫び出せば少しは面白いのに、そんな気配は微塵もない。実につまらん。

「ひ、酷い!」

もう一つ正直に言えば、同級生なのに敬語使わなきゃならないとか勘弁して欲しい。年相応に対応したいなら編入と同時に六年は組にでも突っ込めば良かったと思う。あそこには世話好きの用具委員長がいる上に、救急箱代わりの保健委員長も在籍している。若しくは実力相応に一年は組辺りが妥当じゃないのか。忍術も体術もその他諸々に関しても、この人は四年生じゃない。まあ色に関してはどうだか知らないけど。今日のおれはちょっと機嫌が悪いようだ。

「そこまで言わなくても良いじゃない…。確かにぼくは全然忍者らさくないけどさ…そこまで言わなくても…!」

走って逃げた同級生は基本的に放置しても構わないと思う。まあ追い掛けた所で慰める気なんて毛頭ないから、タカ丸さんもその方が嬉しいだろう。誰しも一人で考えたい時間があるものだ。
機嫌の悪いおれは嫌いな先輩を綾部の蛸壺に落として憂さ晴らしを図ろうと思う。死なせるリスクもなく、尚且つ綾部も喜ぶ蛸壺の賢い活用法だと自負している。そして何より、あの蛸壺には夢と希望と悪意がたんまり詰まっている気がする。

「ありがとー」
「どういたしまして」

手始めに五年の竹谷先輩を標的にしよう。本当は三年の富松だとか神崎だとかを無理矢理落として泣き喚かせると一番すっきりするが、後輩に手をあげるのは弱いものイジメだと七松先輩に諭されたので今回は保留。七松先輩にだけは言われたくないから、次の機会には蛸壺があるなんて知らなかったんですと言い訳を作った上で突き落としてやろう。あの人きっと誤魔化されてくれる。何せなーんにも考えてないんだから。

「そういえば、滝が名前のこと探していたよ」
「そうか、ありがとう。後で部屋に立ち寄ってみる」
「お茶請けは甘い方が良い?」
「漬け物が好き」
「じゃあ準備しとくね」

あいつは話が長い癖に要領を得ないから時間を無駄にしたい時だけ付き合ってやるようにしている。あの話を最初から最後まできちんと理解して聞いてやるのは聖人君子かドエムの所業だ。おれはそのどちらでもないので話は八割り方聞き流す。綾部は九分九厘無視するから、おれの方が大分優しい。言っとくけど、別にあいつのことが嫌いな訳じゃないから。むしろどっちかと言えば好きだ。

「それと竹谷先輩なら食堂で見掛けたから未だいるかも知れない」
「見に行って来る」
「今日の傑作は五年生長屋の脇にあるよ」
「有り難く活用させて頂こう」

五年生と言えば、以前に鉢屋先輩と間違えて不破先輩を突き落としたことがあった。あの節は大変お世話になったので、そろそろ鉢屋先輩本人を突き落とそうと思う。不破先輩の協力を得た上で。

「どうぞどうぞ、ハチのついでに三郎も一緒に落としちゃってよ。あいつまたぼくの顔でくのたまを揶揄ったみたいなんだ」
「その所為で名誉の負傷ですね」
「出会い頭に左頬へ渾身の一撃。避ける暇も弁解の余地もなかったよ」
「ご愁傷さまです」

ここにいるのが不破先輩。ならあっちにいるのが鉢屋先輩。両者の所在さえ把握しておけば間違える心配などないのだ。鉢屋先輩が可愛がっている一年は組にも協力を仰げばこの計画に穴などない。おれ完璧。

「たけやせんぱーい」
「ん?名前か、どうし…」
「どーん」
「た、え?う…わ、わわっ、わあああああああっ?!」
「だーいせーいこー」
「名前!何するんだ!」

駆け寄ってじゃれる要領で突き飛ばした竹谷先輩の悲惨な髪に泥と砂が混ざってじゃりじゃりになれば良い。最初からサラサラストレートでもないのだから大局にもランキングにも影響はないだろう。

「酷い!」
「ははは、相変わらず穴掘り小僧の蛸壺は容赦がな…っふ?…は?っおああああああ!!!」
「ちょ、待…って、さぶろおおおお!!?」
「どーん」
「遅い!落としてからどーんって言葉が遅い!せめてご一緒に!」

竹谷先輩の上に落ちた鉢屋先輩の肋骨が二十四本くらい折れて不破先輩の溜飲が僅かにでも下がれば良い。おれ先輩思い。ついでに竹谷先輩の胡散臭い笑顔が少しでも陰れば良い。おれの精神衛生的な問題で。

「全部折れたら死んじゃう!わたし死んじゃうからそれは勘弁して!」
「おめでとうございます。とうとう鉢屋先輩も軟体動物の仲間入りですね」
「それよりもおれの笑顔が胡散臭いって何それ!名前!え、おれの笑顔って胡散臭かったのか!?」
「うふふ、竹谷先輩は鏡見てから出直して来たら良いんじゃないですか」

一年生を呼んで来るのが面倒だった訳じゃ決してない。そこに背中があったなら、押すのが当然。その先に穴があったなら、落とすのが条理。

「なにそれすごい不条理!」

さて、そろそろ準備も終わった頃だろうから長屋に戻るとしよう。話は無駄に長いがやけに持て成し上手の同級生が嬉しそうに美味いお茶を入れてくれるのが一つ楽しみだ。では不破先輩、また後日。

「うん、明日の委員会活動だけど遅れないようにね」
「勿論です」
「ちょっと待って!わたしたちこのまま放置の方向!?」
「なあ三郎、鏡!鏡持ってないか!?」
「今それどころじゃ…あああ!雷蔵さんの笑顔があくどい!」
「おれにとっては死活問題だ!笑顔が胡散臭いのは三郎だけで十分なんだから、キャラが被ってるならどうにかしないと…!」
「え、なにそれ!初耳!ハチはわたしの笑顔を胡散臭いと思ってたのか!?」
「後始末はぼくがしておくから」
「お世話になります」

何十回も通り過ぎてはまたやって来る春を、今年もまた迎えた。まあ今更進級して卒業しても今以上に面白そうなことにはならないだろうから、当分の間はこのまま現状維持の方向でお願いしたいと思うが。四年生生活ウン十年、そろそろ新たな刺激が欲しい頃合いだ。もう天女来襲には飽きたし、無駄な事件に奔走するのも詰まらない。ドクタケ辺りが予定調和通りに一年は組に手を出して来たら、それに混ぜて貰うのも良い。何回か前の夏辺りからソワソワと落ち着きのない同級生がまだ腹を括れないでいるのを待つのも、もう慣れた。

「おっと、これは心に留めておく分だった。失言失言」

繰り返される毎日に、変化がない訳ではないのだ。



今年もまた桜が綺麗です。


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