友人の話

久し振りに会った友人は相変わらずなにを考えているのかまるで判らない笑顔を浮かべていた。土産だといって渡された書物に目を通せば、数日後に忍び込もうと思っていた城の詳細な見取り図が挟まれていた。

「これは」
「礼なら茶屋の支払いで願おうか」

書き加えられた罠の箇所に目を瞠れば、奴は涼しい笑みで汁粉を啜っていた。侵入経路にと考えていたそこに仕掛けられた罠に気付かなければ一体どうなっていたのかと考えるだけで鳥肌が立った。

「ところで利吉、ひとつ尋ねたいことがあるのだけれど」
「どうした?」
「おまえの親父さまは忍術学園で教鞭を執っていたね」
「父上?」

妙なことを尋ねる友人に首を傾げれば、整った顔立ちの男は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。そう言えば奴は昔から知的好奇心を満たすためならどんな苦労も厭わない奇妙な忍びだった。

「噂話の域を出ないのだが、そう言うことならおまえに確認するのが一番早いと思ったので」

手土産片手に来たのだと笑った奴の頭を殴りたくなった。わたしが調べた以上の資料を手土産に訪れた友人の実力は誰よりも知っている。初めて会ったのは二年前で、今よりもずっと互いに幼かった。フリーの忍者として初めて組んだ仕事相手が奴だった。

「忍術学園に興味があるとは知らなかったな」
「そうでもないさ。わたしはいつだって可愛らしい後進たちの活躍に期待しているものだよ」

二年経った今でも続く交流から鑑みるに、わたしたちの友情は一方的ではないことが小さな自慢だ。

「おや、その菓子はどうしたの」
「こちらのお嬢さんがね、おまけだと言ってくれたのだけれど、半分食べるだろう?」
「この色男が」
「ご厚意だよ」

若しくは人徳の為せる技だと言ってのけた。男にも女にも好かれる顔立ちは際立って美しいという訳ではない。けれど見逃せないなにかを持っている。平凡でありながら異質。それこそがわたしの友人の本質だった。

「それで、忍術学園がどうかしたの」
「ああ。何やら珍しいものが空から降って来たとか」
「…どこで、聞いたんだい?」
「いや噂を聞いたのは前の仕事先なのだが、調べてみれば事実のようじゃないか。しかも、忍術学園が腑抜けたという噂まで囁かれる始末。これは確認せねばなるまい?」

嗚呼、と頭を抱えたくなったわたしを誰が責めるだろう。笑う友人が差し出した菓子を有り難く受け取ると、程よい甘みが尖った神経を慰めてくれるようだった。

「…天女、と呼ばれる女が学園に滞在していることは事実だ。ただ、学園内の詳細に、ついては…」

口にはしたくなかった。認めたくないだけだろうと判っていた。言葉に詰まったわたしの口に残った菓子の半分を押し込み、奴は感情の窺い知れない顔で笑った。

「もういいよ、利吉」
「だが」
「もう判った。本当に残念なことだ」

諦観の目だった。なぜそんなにも学園を気にするのかは判らなかったが、恐らく気になる生徒でもいるのだろうと考えた。卒業前に生徒を勧誘することが多いのもまた事実なので、特筆するほどおかしなことでもない。

「気に入った生徒でもいたのか?」
「気に入った、と言うのとは違うのだけれど。気になる子が、いるのは事実だよ」

肩を竦めながら茶を啜り、惜しいことだと呟いた姿に、そういえばと思い出した。何の幻術なのか誰もに愛される天女から距離を置いていた生徒がいた。戦闘能力がないことと幻術を使っている気配のないことだけを確認したのはつい先日だった。腑抜けたと言った友人の言葉を否定することの出来ない光景から逃げるように去った。腑抜けた、なんと的確な言葉だろうか。

「天女に好意的なものばかりではなかったよ」
「おや、そうなの?」
「ああ、だが気をつけた方がいいぞ。学園の周囲には例の天女を観覧に来ていた」

あえて誰がとは口にしない。しなくても伝わっていることを互いに知っていた。

「ではわたしも一度拝見しに行こうかな」
「見て面白いものではないが、まあ気をつけろ」
「誰に向かって物を言っているんだい利吉」

行ってきますと笑った男の顔に苦笑した。ああ、なんて楽しそうな。珍しいものを好む好事家たちが見るだけで満足する訳がないとわたしも奴も知っている。だからわたしも敢えてなにもしなかった。父上には申し訳ないが、わたしは独り立ちした一人の忍びなのだ。そうしてわたしの友人もまた。



「ではまたな、名前」




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