広がる青空の下で | ナノ
 日も暮れてきた夕方頃。武家の屋敷のある一部屋には盛大に光が灯る。机に並べられた食事の数々は山の幸、海の幸と様々で、並べられた長方形の机の一角で健二はその料理の豪華さに唾を飲んだ。


「それじゃぁ、食事の前にみんなの紹介をするね」


 隣から聞こえてくる、恋人役を自分へと頼んだ憧れの先輩の声。その声に顔を上げれば机に並んだ人々の視線はいっせいに健二へと向けられた。


(や、やっぱ無理ですってー!!)


 泣き言を言っても、もう、遅すぎた。




▽▲▽




「じゃぁまずは、陣内家現当主の栄おばあちゃん。私の曾ばあちゃんよ」
「ゆっくりしておゆきね」
「あ、はい」


 長方形の机の一番向こう側、夏希と健二に向かうように座った老婆が小さく笑う。にこり、と先ほど見た険しい顔からは想像もつかないようなその優しい笑みに健二はへらっと気の抜けた笑みを返した。隣の夏希はそんな健二の顔を見て小さく笑う。


「おばあちゃんには四人の子供がいて、長男万蔵は私のあじいちゃんで5年前に他界。――で、本家の長女、万里子おばさんとおばさんちの理一さんと理香さん」
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします」


 健二が出会い頭に曾祖母と間違えてしまった万里子は栄の長女だったらしい。あの時は本当に申し訳ないことをしたとペコリと頭を下げれば、万里子は気にしていないように優しく微笑んだ。
 続いて隣にそれぞれ座っていた理一と理香にも頭を下げる。二人とも快く会釈し返してくれた。後で先輩から理一は自衛隊所属、理香は市役所づとめだと聞いた。もう四十代の姉妹だがお互い独身なんだそうだ。


「こっちが次男の万助おじさんとおじさんちの直美さん――」


 栄の次男坊で猟師らしいランニング姿の万助がニヤリと健二に向かって笑いかける。その笑みはまさに豪快で海の男といえる笑みだった。
 となりでは歳のわりには厚化粧の直美がニコリと少々妖艶に笑いかけた。後で直美はバツイチなのだと夏希に小声で教えてもらった。その笑みに思わず赤くなる健二を隣の夏希は脇でつつく。


「それと太助さんと聖美さん。その隣にいるのは太助さんちの翔太兄ぃ」


 人目で身重だとわかるほど膨らんだお腹を大事そうにさする聖美と電気屋を営んでいるという太助がそれぞれ小さく会釈する。
 その隣で頬杖をついている青年がどうやら翔太らしいかった。殺気のこもった鋭い瞳で睨まれ思わず首をすくめ視線をそらす。


(僕、なにか悪いことしたのかな?)


 まったく心当たりがないので心境は複雑だ。困ったように翔太からの視線から逃げる健二の前では万助と聖美がなにやら話し始める。


「おう、聖美。あいつはどうした?」
「それが、あの子。OZでまたデモンストレーション?とかなんとかがあるって」


 デモンストレーション、その聞きなれた単語に思わず夏希の方へと視線を向ければそこにはにこやかに笑う夏希の顔。その顔はまるで「気がついた?」と言っているかのようだ。
 夏希のその笑みを見て健二の頭の中に現れるのは、さきほど自分の妹である静夜と一緒にいた一人の少年。名前は確か…佳主馬、だったか。


「あのせんぱ…な、夏希さん。あの子ってもしかして…」
「そ。さっき会ったよね。池沢佳主馬君。聖美さんところの息子さんなの」
「あら、夏希ちゃんたち佳主馬に会ったの?」
「うん。さっきおばあちゃんのところから戻る途中でね。すぐに納戸に引っ込んじゃったんだけど…」
「ごめんなさいね、あの子、人と関わるのは苦手っぽくて」
「い、いえ…(静夜もそうだったし…)」


 すまなそうに言う聖美に言葉をかければ隣の万助は「仕事なら、しょうがねえな」と言う。


「夏希、紹介進めてくんな」


 日焼けした顔を向けられた夏希は頷く。


「こちらは万作おじいちゃん。おじいちゃんは男三人兄弟で頼彦さんのお嫁さんの典子さんと邦彦さんのお嫁さんの奈々さんと――」


 夏希が順々に紹介してゆく順にそれぞれが健二に頭を下げてゆく。健二もそれにそれぞれ頭を下げ続ける。栄の三男である万作は往診帰りで白衣を着ていたため想像はついたが、内心科をしているそうだ。
 白衣から現在はポロシャツに着替えた万作の隣にはパーマ髪の典子、娘の加奈を膝に乗せた奈々と順番に座っている。万作の三人の息子たちは仕事の都合で今この場にいないため、嫁三人がこの場にいる形となっていた。


「克彦さんのお嫁さんの由美さん」


 最後に紹介されたのは野球中継をメガホンを振り回しながら観戦していた由美。膝の上には赤ん坊の恭平を乗せている。
 眼鏡をかけているゲーム好きの祐平と、遠い地で試合を控えている了平も由美の子供である。由美が観戦していた試合は了平のものだったらしい。


「で、加奈ちゃん、祐平、恭平、真悟、真緒」


 栄に一番近い机でジュースを取り合いしている真悟と真緒、その横にいる恭平をそれぞれ指差していく夏希。健二は全ての名前を必死にその小さな頭へと刻み込んでゆく。


「どう?覚えた?」
「はぁ、どうかな…」


 今集まっている人だけでもかなりの人数がいるのだ。名前は覚えられてもそれと一緒に顔も覚えるのには暫くはかかる。困ったように頭をひねれば気にした風もなく夏希は笑った。


「まぁゆっくり覚えていけばいいよ」
「はい」


 夏希の優しさに胸を打たれつつ小さく会釈。


「それで、この人は小磯健二くんです」


 夏希が健二の背を軽く叩いて紹介を閉める。食卓を囲む人々がそれにあわせて「よろしく」「おう」「よろしくね」とバラバラに挨拶しバラバラに頭を下げてゆく。それに答えるように健二も慌てて頭を下げた。


「よ、宜しくお願いします」

 
 ぼそぼそと力なく答える健二。そんな彼をみつつ、万里子が「あら?」と声を上げた。


「夏希ちゃん。確かこの子のほかにもう一人、女の子がいなかった?」
「あ、確かに」
「おねーちゃんいたよねー」
「おや、もう一人いたのかい?」


 栄の不思議そうな声が最後に健二へと向けられる。確か静夜は夏希に言われ栄のもとには顔を出していないのだ。知らないのも仕方がない。


「えと、それは僕の妹、なんです。小磯静夜といいます」
「そうかい。それで、その静夜ちゃんはどこに?」
「それが、静夜はこういう人が多いところが大の苦手で。何度も誘ったんですが首を横に振ってばかりで」


 そう答えながら健二の脳裏には嫌だと無言で首を振り続ける静夜の姿が浮かび上がった。

 恐らく極度の人見知りである彼女にとってはここはとても居心地が悪いところだろう。しかも見ず知らずの人しかない。親友で心の支えどころである大地は今ははるか遠い地だ。知らない人、知らない場所、親友のいない地。彼女の胸は今頃不安と恐怖でいっぱいになっているに違いない。

 妹のことを心配し表情を暗くする健二の表情を見つめる栄。彼の表情の変化は真正面にいる彼女にしか見えていない。多分と隣で他の人と話している夏希も、近くに座っているものにも健二の表情は見えていないのだろう。


「すいません」


 そう言って小さく頭を下げる健二。その謝罪に万里子は「いいのよ。それなら仕方ないわ」と朗らかに返す。


「でも、そうしたら御夜食どうしようかしら」
「あ、それなら僕が持っていきます。そこまでお手数おかけできませんし」


 なやむ万里子に健二が言えば万里子は「そうね」と納得した。
 そしてその話が終わると同時に賑やかな食事が開始される。健二の緊張など気にした風もなく皆好きな料理を食べ談話し始めた。


「健二君、健二君」
「え、あ、なんですか?夏希さん」
「静夜ちゃん。本当に大丈夫なの?」


 小声でささやきかけてくる夏希の顔は心配そうだ。

 それほど彼女も静夜のことを心配してくれているのだろうか。もしかしたら、彼女もまた、静夜の背負っているものを受け入れてくれるかもしれない。

 心配そうに聞いてくる夏希に「はい、本当に大丈夫ですから」と返せば彼女は安心したように笑う。その笑顔を見ながら健二もおそるおそるながら料理へと箸を出した。
口に入れたイカ刺しは歯ごたえがあり、ほんのりと甘かった。




▽▲▽




 健二たちが食事を始めた同時刻。太陽が沈んだ空は闇に覆われ、開かれたPC画面が部屋にいる小さな人影を青白く浮かび上がらせる。


「……久々、かも」


 優しく画面を撫で静夜は言葉を零す。その画面に開かれているのは仮想空間――OZ。
 いくつもの開かれている画面の中でひときわ広く場所をとっているウィンドウ。
 そこには彼女に一通の手紙が届いたことを知らせていた。




題名:無題
From:クイーン・ユウヤ
TO:キング・カズマ
----------------------------------------
本日午後7時よりOMCコロシアムにてお待ちしております

キング・カズマ




 それは数ヶ月に一度彼から届く手紙。時刻と場所のみを記したその短文。この時刻にこの場所で試合をして欲しいという彼からの――挑戦状。

 最後に試合をしたのはどれくらい前だったろうか。

 軽く思考をめぐらせるがはっきりとした月日は思い出すことが出来なかった。静夜はその短文を静かにじっと見つめ、ゆっくりとキーボードへ指を滑らせる。

 カタカタと静かな室内に響くキータッチの音。彼女の顔に表情はなく、ただその両方の眼が光る画面を静かに見つめている。


 最後に少しだけ大きなタッチ音がした後、室内はまた静けさを取り戻した。静夜の前にある画面には数行の文字。その文字列に静夜は数回目を走らせ送信ボタンを押した。




題名:無題
From:キング・カズマ
TO:クイーン・ユウヤ
----------------------------------------
その時間を、楽しみにしております

クイーン・ユウヤ




 返事はなんとも完結で単純だった。その試合を行うのを、貴方と戦うのを楽しみにしている。そんな簡単明白な手紙。
 それでも一文字に結ばれていた口角がゆっくりと上がってゆくのを静夜は感じていた。

 視線をずらし時計を見れば時刻は6時40分を回ったところだった。静かに時を刻み続ける秒針をいくらか眺め、静夜はくあ、と欠伸を零す。そして、静かに顔を全体的に隠していた前髪をピンでとめた。そこから覗く瞳は、暗闇で光る画面よりも一際青く青く輝いた。




チャンピオンからの挑戦状
(もしもし、大地?)
(おー、どうした静夜)
(7時からキングと試合する)
(そっか、ってマジか!?)
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