広がる青空の下で | ナノ
 蝉の煩い声が響く夏の日。納戸でなんともいえない出会いをした私と池沢 佳主馬は今だにその状態のまま固まっていた。


「……あの、離してくれるんじゃないの?」
「……やっぱり離さない」
「……。」
「……。」


 兄さん!助けて!!




▽▲▽




 残酷にも離さない宣言をされた私は、現在池沢君がいた納戸にいる。片方の腕は未だに掴まれたままで彼の離さないという意思がありありと見て取れる。ひねってみても、ねじってみても腕を離そうとはせず、寧ろ痛いくらいに掴んできているので先に白旗をあげたのは私のほうだった。


「ねぇ、池沢君」
「佳主馬でいい」
「…じゃぁ佳主馬君」
「何?」
「腕、痛い」
「……。」


 主張するように掴まれた腕を目の高さまで上げ、一言。目の前の佳主馬はそれを怪訝そうな顔で見、そしてもう一度私を見る。いかにも離したくないという意思が顔に表れているが無視。私にとってこの体制は少々きつい。

 痛い、ともう一度言えば渋々と離された手。掴まれていたため少々赤くなったそこを軽く撫で、私はさっさと納戸を後にしようと立ち上がった。


「ねぇ、どこいくの」
「……。」


 声がしたかと思えばいきなり止まる私の前進運動。振り向けばそこにいるのは片目を長い髪で隠す彼。見えるもう片方の目は細められ、鋭い視線は此方にずっと注がれたまま。
私は無言でその彼を見、そのまま視線を腕の方まで下げてゆく。そこにはしっかりと繋がれた私の手があった。
 静まる納戸の中に煩い蝉の声が木霊する。じりじりと夏の暑さが体力を奪っていく中、無言で私と佳主馬は視線を交わす。


「離して」
「嫌だ」
「……。」
「……。」


 まるで小さな子供の言い合いのようににらみ合い、そしてまた沈黙が舞い降りる。

 嫌だ、そう繰り返すのは佳主馬。私は無言で手を上下に振る。対外はコレで外れるのだがなかなか外れない。小さく息を吐き、どうしたものかと考えるがいい案は浮かばない。見た目に反して、かなり強い腕の締め付けに静夜は僅かに眉をひそめる。

 目の前の彼は無言のまま私を見つめている。私が諦めるのをただ静かに待っているようだ。

 いつもなら此処で維持を張って無理にでも引き剥がすところだが、その必要はなかったらしい。なぜなら、蝉の声に混じって後ろから複数の足音が聞こえてきたからだ。


「あれ?静夜ー。静夜ー?」
「……兄さん!」
「あ、そんなとこにいたの?その子、誰?」


 若干赤い顔のまま私に歩み寄ってくる兄。これぞ天の助け、そういわんばかりに掴まれている手を振りほどき私は兄の胸の中に飛び込んだ。その時予想に反して、佳主馬がすんなりと腕を離したのを少し気にしながら。


「あれ?佳主馬君。また納戸にいたの?」
「夏希姉、来てたんだ」
「へへ、今日ついたばかりなんだけどね」
「…そう」


 兄の後ろからひょっこりと顔を覗かせた夏希さんにそっけなく返事を返し、佳主馬は大人しく納戸に引っ込む。その様子を見ていた兄の服を握れば、熱によって暖まった私の頭を優しく撫でてくれた。それに反応するように私はぎゅうと兄の腰に抱きつき、瞳を閉じる。


「先輩、今の子は…」
「彼?彼は池沢 佳主馬君。万輔おじさんところの聖美さんの――って言っても分かりづらいかな。後でまとめて紹介するよ」
「あ、はい」
「うん。それじゃ荷物置きにいこ。静夜ちゃんにもさっきの事説明しなくちゃいけないし」
「そ、そうですね」


 さっきの事、と夏希さんが言ったとたん、僅かだが兄の体がビクリと震えたのを私は感じた。だが、すぐさま上から元気のいい声が聞こえてきて、体の震えもなくなる。

 それが少し気になったがどうせ後で説明してもらえると納得し、もう一度兄の腰に抱きついてから私は体を離した。だがシャツを掴む手は離さない。シャツに皺が出来てしまうが今はそれを気にすることは出来なかった。


「静夜、行こうか」
「……うん」


 小さく頭を撫でられ、それに反応するように小さく頷く。置いていた荷物をまた持ち直し顔を上げれば夏希さんが笑みを浮かべて先を歩き出す。
 こっち、と指差す夏希さんの道案内についていきながら、私は佳主馬のいる納戸を後にした。




▽▲▽




 離れの部屋から離れて数分後。案内された部屋は目の前に元気な朝顔が並べられ、その先には立派な山が連なる絶景が見える部屋だった。

 床は畳で、奥には蚊を寄せ付けないための蚊帳が置いてあった。布団の数は2つ、私と兄の分だろう。


「よいしょっと」
「ありがとね。健二君」
「いえ、これくらいどうってことないですよ!」


 持ってきた荷物を端っこにまとめておけば夏希さんの感謝の言葉が述べられる。それにいち早く反応した兄は太陽顔負けの満面の笑みを浮かべた。そう言うわりには肩で必死に息をしているが、まぁそこはあえて目を瞑ってあげることにする。

 むしろどんとこいです!と逞しく胸を叩く兄。そのキラキラした笑顔を見ながら夏希さんは若干引きつり気味の笑みを浮かべた。私はその兄の隣で内心呆れ気味のため息をつきながらその光景を静かに見つめる。

 さわさわと夏独特の暑いような涼しいような乾いた風が部屋中に広がり、三人の頬を掠めてゆく。静夜はその心地よさに静かに瞳を細め、大きく息を吸った。


「あ、それじゃぁさっきの事なんだけど」
「あぁ、はい。なんなんですか?」
「静夜、じ、実はね…。あの、その――」


 そう言って口をもごもごとし、兄のその後の言葉は全て口の中でくぐもってしまう。聞きたくてもその肝心の内容が聞き取れないため私も理解することができない。首を傾げれば困ったように夏希さんが笑い、そして、私を考慮してか話をなかなか切り出せない兄を催促するように肘で突く。
 だが、それは逆に兄を焦らせる結果にいたってしまったらしく、兄は更に言葉を濁らせてしまう。

 あうあう、と某ループアニメの神様のごとく慌て始めるその様はもはや兄の威厳は見られない。そんな兄を瀬瀬笑うかのように蝉が高々と鳴き、辺りを更に騒がしくしてゆく。

 焦ってゆく兄にそれを笑うかのように声を高くしてゆく蝉の鳴き声。最後はしかたがなく私はとなりで苦笑している夏希さんに説明を求めていた。


「実はね、私の大ばあちゃん。さっき会ってきた人なんだけどなんか最近元気がなかったらしくて“私の彼氏、連れて行くまで死んじゃダメよ!”って言っちゃったの。でも実際私彼氏いなくて…。だからちょっと健二君に――」
「彼氏のフリをしてくれ、と」
「そうなの。ごめんね静夜ちゃん。なんか巻き込んじゃって」
「いえ」


 しゅんとうなだれる夏希さんはまるで親に怒られそうな小さな子供。私は首を何度も振って見せて大丈夫と言うことを表現してみせた。

 だが、これで新幹線に乗る前のあの不自然な返事や歯切れの悪い言葉の意味が理解できた。つまり、夏希さんはその「大ばあちゃん」という人を元気にさせるために彼氏役をしてくれる人を探していいた。だけど面と向かって訳を話せば了承してくれるわけがない。 なので4日間のバイトという名目で佐久間先輩や兄、他の人を誘った。結果的に来たのは兄の健二。なので健二にその彼氏役つまりは偽装恋人を兄に演じてもらうことにした、と。


(こういうときの嫌な予想って本当に当たるものなんだな…)


 耳に届く蝉の声が今まで感じたことがないほどのうっとおしく感じる。外をみれば綺麗な快晴。むしろ雨のほうが今の私の心はすっきりできたと思う。

 嫌な予想は当たるよりあたってくれないほうが嬉しかったが来てしまったんだし、了承の上できてしまったのだからしかたがない。4日間の我慢だと思えば幾分か楽に感じるだろう。OZの方ではダイチとも話をすることができる。


(とりあえず、頑張ろう)


 心の中で決意を固め、静夜は誰にも気がつかれないくらい小さく小さく頷いた。その後、未だに若干すまなそうにする夏希さんを励まし、茹蛸のように真っ赤になっている兄をどう正気に戻そうかを考えた。




偽装恋人
(兄さんおきて)
(……。)
(起きてよ兄さん)
(……。)
(えいっ)
(ぶふぉっ!!)
150512 編集
150416 編集

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