広がる青空の下で | ナノ
 目の前に広がるのは年代が入った大きな屋敷。まさに武士の家といえるその家は、どこか勇ましく、どこか懐かしいような雰囲気を漂わせる不思議な家だった。


「……。」
「け、健二くーん」
「兄さん、いい加減起きて」
「っ!いったー!!」


 とりあえず鳩尾に正拳突きを入れておいた。




▽▲▽




 出迎えてくれた大きな門を通り過ぎ、私達はその奥にある屋敷と呼べそうな家へと歩みを進める。
 辺りは見晴らしが良く天気もいい。空には数羽の鳶が優雅に飛んでいた。鳶が飛ぶ姿をぼんやりと眺めつつ歩いていると、先を歩いていたはずの先輩が何時の間にやら隣に並んで歩いていた。


「先輩の家、すごいですね」
「そう?んー、まぁ他の家よりはちょっと大きいよね」


 ちょっとどころか2倍も3倍も大きいです、と喉まででかかった言葉を無理矢理飲み込み、私は小さくそうですねといった。そんな私を見て、先輩はまた明るく笑う。その笑顔はまるで向日葵のように温かで優しい。


「ここで4日間、か」
「そんなに緊張しなくてもいいからね。いい人達ばかりだから」
「はい」
「あ!あと、着いてからその先輩ってのなしね?」
「へ?」


 人差し指を口にあて、にっこりと微笑む先輩に思わずキョトンとしてしまう。私にとって夏希先輩は兄の先輩にあたる人なので≪先輩≫と呼ぶのは当たり前。なのに、その≪先輩≫呼びがいけないのならばなんと呼べばいいのだろう。

 思わず悩み始める私を見、先輩は優しく私の頭を撫でる。そんな事をしてくれるのはいつもは兄だけなので、なれない感触に体が思わず強張ってしまった。


「夏希姉さん、それか夏希ちゃんとでも気軽に呼んで。ね?」
「あ、はい。せんぱ…な、夏希さん」
「……まぁ、それでもいっか」


 流石に先輩である方をちゃん呼ばわりはできない。苦し紛れにいった私の言葉に夏希さんはちょっと残念気味に笑い、また歩き出した。

 歩いていった先輩を見送り、私は頭に残った感触を消すかのように自分の髪をグシャグシャとかき混ぜ、頭を振る。そして、少しボサボサになってしまった髪のまま後ろの兄へと視線を向けた。
 先ほど意識を戻すためにとやった正拳突きがかなり効いたのか、若干おなかを抑え気味で兄は歩いてきている。今度は少しだけ力加減をしてあげることにしよう。心配になったので思わず歩み寄れば、私に気がついた兄はにっこりと力なく笑う。


「兄さん、大丈夫?おなか」
「静夜、今度する時はもう少し優しくしてね」
「うん。ごめんなさい」


 素直に謝ると兄は優しく笑って私の頭を数回撫でる。その暖かさに口元を緩ませ私は兄に擦り寄った。

 そんな私を見て兄はまた優しく頭を撫でた。まるで櫛でもかける様に指の間に髪を通して撫でるその撫で方。それは私が一番好きな撫でられ方。それを知っている兄はいつもそのやり方で私の頭を撫でてくれる。


「静夜、髪の毛ボサボサじゃないか。どうしたの?」
「ちょっとね」


 流石に撫でられた感触が嫌だったからそれを消してた、なんていえるはずもない。曖昧に答えれば兄は少し不思議そうな顔をしつつもそれ以上は追求してこなかった。

 大きな屋敷へと続く道を暫く歩き続ければ玄関らしき場所に着く。そこには先についていた夏希さんもいて、私たちに向かって手招きをしていた。先輩の少し先にはピンクの着物を着た老女が来た人達を奥へと案内している。


「あら夏希ちゃん。いらっしゃい」
「万里子おばさんお久しぶり!」
「遠いところ大変だったわね。あら?そちらは?」


 そう言って夏希さんに向けられていた視線が私たちへと向けられる。私は無言のままペコリと頭を下げ、兄はあたふたとしながらも同じように頭を下げた。


「えと、このたびは、90歳のお誕生日、おめでとうございます」
「へっ?」
「あ!」

(…馬鹿)


 やるかもしれないと思っていた失態を兄は見事にしてくれた。ほんと、期待を裏切らないとはこのことだろう。

 この場のなんともいえない雰囲気を兄もやっと感じ取ったのか、おそるおそるという感じで目の前の老女を見る。となりでは夏希さんが額に手をあて、あちゃー、とため息をついた。


「……私の、母の誕生日なの」


 若干震えながら答える老女の言葉の意味が兄の脳に浸透するまで、約3分の時間を要することになる。




▽▲▽




 玄関先での大失態を乗り越えられない兄の背中を押しつつ、私達はやっと屋敷の中に入ることが出来た。


「まずは大ばあちゃんにご挨拶ね」
「……はい」
「……。」


 ショックを未だに引きずる兄を慰めるかのように、夏希さんは精一杯の笑みを向けてくる。
 いつもならそれで立ち直れる兄だが、なにぶん今回の失態は大きすぎた。ちょっとやそっとの事では立ち直れないのだろう。

 私は兄と夏希さんの後ろを着いていきながら、辺りをキョロキョロと見回してみる。

 縁側に並べられた元気のいい朝顔の鉢植え。座敷の置くにおかれた兜。その横に置かれている弓矢や刀。どれもが、この家が本当に武士の家だと言うことを実感させるものばかりだ。


「着いた。この先が大ばあちゃんの部屋だよ」


 そう言って夏希さんが指差したのは奥の離れの部屋。そこの空気は静かで蝉の鳴く声もどことなく遠くに聞こえる。まるでそこは神聖な聖域のような場所に感じられた。


「あ、静夜ちゃんはここで待っててもらってもいい?」
「え?」
「はい」
「ありがと。ごめんね、これから話す話はちょっと健二君だけじゃないといけなくて」
「え、先輩それってどういう――」
「わかりました。それじゃぁ此処らへんで待ってます」
「うん。迷子にならいなようにね」
「ちょっと、静夜」
「じゃ、兄さん頑張って」


 ひらひらと手を振ってきた道を戻れば遠くから兄の焦った声が聞こえてきた。でも、私はやっぱり手を振って歩いてゆくだけ。
 夏希さんがああいうんだ。私が聞いてはいけない話なのだろう。少しの疎外感と孤独感が胸の隅で疼くが、私はそれを無理矢理押し込める。


「どこで時間潰そうかな…」


 初めて来た家なので、気ままに動き回れるわけでもない。ましてや知らない人に会ったとき、どう対応すればいいかも分からない。

 行くあてのない私は少し戻った廊下の縁側に腰掛け、意味もなしに足をぶらつかせた。辺りを見回せば近くには納戸のような場所があった。なんとなく興味をひかれ歩み寄ってみると微かな青白い光が漏れている。


(PC特有の光だ…。誰かPCやっているのかな)


 よくよく見なければ見落としてしまう光のもとへと歩み寄り、開いている扉から中を覗けばそこにいたのは一人の少年。耳にヘッドホンをつけ目の前のPCへと向かっている。
 その画面に映し出されているのは先ほど新幹線の中で自分がずっとダイチと話していた仮想世界。


「…OZ」
「誰?」
「あ…」


 思わず零れてしまった小さな言葉はその少年には聞こえてしまったらしい。僅かに体勢が動き、少年の鋭い視線が私を捉えた。


「君、誰?」


 そう紡がれた言葉はそっけない。少年は部屋を覗いていた私を怪訝そうな顔で見つめ、近寄ってくる。
 このまま無視してしまおうかと思い「ごめん」と言って立ち去ろうとすれば、腕を掴まれた。


「ねぇ、なに名乗りもせずに勝手に出て行こうとしてんの?」
「は、離して…」


 近い!と内心焦りつつ、腕をよじるが目の前の少年は離してくれない。相手は男、私は女。力の差は歴然だった。少年の漆黒の瞳が私をしっかりと捉えている。


「名前言わないと離さない」
「……こ、小磯 静夜」
「静夜、ね。僕は佳主馬。池沢 佳主馬」


遠くから兄のなにやら叫び声が聞こえてきたが、今の私はそれどころではなかった。




池沢佳主馬
(……。)
(……。(近い!顔近い!!))
150512 編集

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