広がる青空の下で | ナノ
キングの試合を見届けた後、OZ内でダイチと戯れること数十分。彼は用事があるとかで、私達は同時にアバターをログアウトさせる。それにより機械音の独特な音が一瞬にして途切れ、私の意識は電子世界から現実世界へと引き戻された。




▽▲▽




ヘッドホンを外せば、タイミング良く次の到着先を知らせる車内アナウンスが流れてきた。どうやら目的地まではあと一駅までへと近づいたようだ。隣を見れば気持ちよく眠る先輩の姿。兄が見れば即座に頬を染めて見入るような光景だが、兄はタイミング悪く携帯画面と向き合っていた。

くぁ、と一つ欠伸を零し、ぼんやりと流れ行く景色を眺める。もはやその景色には見慣れた都会の風景はなく、自然豊かな緑の原っぱがどこまでも続いている。


「そういえばさ、お前今長野に行ってるんだろ?」


ふと先ほどのダイチとの会話が思い出された。

「そうだよ。でもどこでその情報を?」
「ふっふっふ。俺の情報網を甘く見るんじゃねぇぜ?」
「どーせ佐久間先輩辺りにでも聞いたんでしょ」
「っ!」
「へへ、あったりー」
「ちぇー、なんでバレたし」
「ダイチって佐久間先輩となにかと通じているし、長野に行くの知っているのは佐久間先輩くらいだから」
「なんだ、そうなのか。てっきりいろんな人が知っているのかと」
「言う必要ないでしょ。そんな言うほどの仲の人なんかあまりいないんだから」
「…俺は?」
「佐久間先輩に聞けばわかるでしょ?」
「…はぁ……俺にくらい言ってくれてもいいだろ」
「自力で調べると思って」
「ひっで」
「あはは!」
「ったく。まぁ気をつけて行って来い。何かあったら時間気にせず連絡よこせよ、いつでも待ってるから」
「うん。ありがとう」


「待ってる、か」


優しい響きをもったその言葉に、静夜の胸は少し温まる。優しく自分のパソコンを一撫でし、傷つけぬようにそっとリュックへとしまった。

目的の駅まではあと少し、それまでちょっとだけ眠ることにしよう。出発の前日、先輩の事を身振り手振りを交えて説明をした兄に付き合わされてろくに睡眠もとれなかったのだ。
今からその先輩の家へはまだあるようだから、それのための体力回復も兼ねてである。

次第に下がってくる瞼を数回擦り、静夜はこれから過ごす4日間のことを考えながらゆっくりと船を漕ぎ出した。




▽▲▽




「次は上田駅です。お下りの方は――…」


無機質な音と共に開いた鉄の扉。その扉が開くと同時に都会では吸えないような澄んだ空気が健二達を取り囲んだ。

頼まれた大量の紙袋と己の荷物を乗り込む前と同じ格好で背負いながら私達は駅のホームを歩いてゆく。先輩はさっきまで寝ていたせいなのか若干目が潤んでいる。時たま欠伸をしている様子から見ると、昨日よく眠れなかったのだろうか。兄と先輩の間に挟まれて歩きながら私はぼんやりとそんな事を考えた。

改札を出てまず向かったのは在来線。


「あ、来てるからのっちゃお」
「ま、待ってください!」
「兄さん、早く」
「ちょ、押さないで静夜!」


昔ながらの外見と中身の電車に揺られること50分。これまた駅周辺とは打って変わった田舎風景を眺め、市バスへと向かう。


「ちょうど席あいてたね」
「ふぅ」
「……。」


そんなのんきな会話をしながら今度はバスに揺られること今度は40分。

ビデオの早送りのように過ぎてゆく景色の中で姿を消していく民家。私はそんな光景を窓の縁に頬杖をつきながら目で追ってゆく。隣では先輩と兄が楽しそうに話をしている。
断片的にだが聞こえてきた内容によると、先輩の家の歴史についての話をしているようだった。

先輩の家は室町時代からある由緒正しい家柄らしい。そして、今回誕生日を迎える大ばぁちゃんという人がその家の16代当主。


(なんかほんと、とんでもないところに来ちゃったな)


今更ながら返りたいという感情が強く湧き上ってくる。だが、此処まできてしまったんだ、今更後戻りは出来ない。


「…4日間」


そう言った私のため息はバスのアナウンスによってかき消される。




▽▲▽




バスから降りてどれくらい経っただろうか。ずっと変わらぬ畑道を見ていると、もしや本当は進んでいないのではないかと言う錯覚を抱いてしまう。
熱い日差しはめったに人が通らない畑道を歩く3人を容赦なく照りつけ、あたり一面には蝉の声が木霊する。

私達の頬にはいくつもの汗粒が浮かび、兄にいたっては息切れまでしているしまつ。私たちよりも3倍くらい荷物があるので当たり前といえば当たり前だ。
さきほどから何回も「持とうか?」と聞いているが兄は頑として首を縦には振りはしない。先輩に頼まれたのは自分だから、と私に優しく笑いかけるだけ。兄はいつもはヘタレなのに、何故こんなときだけ頼りがいがありそうな男性の顔になるのだろう。その理由が分からない私はただ、兄の言葉に素直に頷き歩き出す。

目の前には軽やかに畑道ゆく先輩。私は後ろの兄を気にしつつ先輩へとついてゆく。そうして、だんだんと重くなってゆく足を懸命に動かし、歩くこと15分…以上。


「健二君!静夜ちゃん!着いたよー!」
「はぁ、はぁ……!うわぁ…」
「でかい…」


私達を迎えたのは整地された土の上に立つ、瓦屋根の立派な門だった。




目的地到着
(こっちこっち)
(………。)
(…あれ?健二君?)
(先輩、兄さん放心してます)
(えぇ!?)
150511 編集

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