広がる青空の下で | ナノ
じりじりと容赦なく降り注ぐ夏の日差し。
それを一身に受けながら、健二は隣にいる少年を盗み見た。
先ほど食べ始めてからまったく進んでいないたっぷりと水分を含んだ赤い果実。
自身の持っているその果実はもう半分ほどまで進んでおり、あと少しで青臭い野菜のような味に変わるのだろう。
頬を伝う汗を拭い、この重いような沈んだ空気を吹き飛ばすべく、健二は思いきって口を開いた。


「暑いね、佳主馬君」
「…そうだね」
「……。」
「……。」


会話は、終了した。

(ど、どうしよう!話が弾まないよ!まったくもって弾まないよ!!)

だらだらと暑さのせいではない汗がどっと噴出す。
うろたえる彼を尻目に、少年――佳主馬はチラリと自分達の後ろの部屋を見た。


「それでね、健二君ったら――」
「え、兄さんそんなことしてたんですか?」
「そうなの、もう私びっくりしちゃった」


まさに乙女の世界とも言えようか、去年の夏の騒動以来急激に仲良くなった夏希と静夜が部屋の奥で話をしていた。
初めて会った時笑顔のえの字すら感じさせなかった静夜は、今までためていた分を吐き出すかのように沢山笑い、話をする。
そんな本来の彼女を知って以来、夏希は何かと静夜に話しかけるようになり、二人はいつの間にやら年齢の差を越え大親友のような関係になっていた。
その結果が、コレである。

もともと口下手な健二はその二人の会話に混じることができず、何度か夏希から静夜を奪還しようと図った佳主馬の方は夏希の一睨みでノックアウト。
二人揃って部屋の外にある縁側まではじき出されているのだ。まさに蚊帳の外と言う言葉が似合うだろう。


「はぁ…」


隣で健二が大きなため息をはく。
彼としてはこの数少ない夏希といられる時間を使い、更に関係を深めたいのだろう。
だがその夏希を独占しているのは実の妹。しかも、妹自らが夏希によっていっているのではない、夏希が妹に寄っていっているので更にたちが悪い。
仮にも自分は夏希の彼氏(であると信じたい)、もう少し彼氏の方にも気を使ってくれてもいいのではないかと思っているのがその表情からありありと見て取れた。

佳主馬は自分より年上のはずの青年のあまりの落胆振りに呆れつつ、もう一度女性軍の方へと視線を向けた。
そして、再度健二へと視線を移す。片方はほのぼのと背景に花が見えそうなほどに明るく、片方はまさにこの世の終わりのような落胆振り…この空気の気温差はなんだ。
だが、こんな縁側で日光に当たりながら落胆していても埒が明かない。ならば、やることは一つ。


「ねぇ、お兄さん」
「…なに?佳主馬君」
「お兄さん、夏希姉と二人っきりになりたい?」
「――は!?」


途端にボボボッと効果音がつきそうなほどに赤面する健二。
「どうなの?」と問い詰めれば「そ、そりゃ、まぁ」と小さな返答が返って来る。
その返事を聞いて、佳主馬は密かに口角を上げた。


「なら、僕が協力してあげるよ」
「あ、ありがとう。佳主馬君」


そろそろこの縁側にほっぽり出されるのにも飽きたところだ。
佳主馬がそう切り出すと健二は少し嬉しそうに笑った。


「じゃぁ、僕が夏希姉に、お兄さんが夏希姉に話あるんだって、って言うから。多分夏希姉その内容聞いてくると思うから、ここではなんだし、とかなんか口実つけて二人になるといいよ」


わかった?と聞けば少しだけ頼りなさげに健二は頷く。
それに佳主馬も頷いた。


「それじゃ、作戦スタート」


佳主馬がそう小さく言い、男性二人はゆっくりと女子の方へと向く。
そして佳主馬が口に手をメガホンのように当て、言った。


「夏希姉、なんかお兄さんが夏希姉に話あるんだって」
「え?なーに?健二君」


佳主馬の言葉に一切の疑いを持たず、夏希は綺麗な笑顔で健二に向き直った。
問われた健二はその夏希のあまりの綺麗な笑みに思わず顔を赤くして口ごもる。


「え、えと、その…」
「…?」
「ちょっとお兄さん、しっかりしてよ」


佳主馬に小声で呟かれつつ脇をつつかれる健二。
それはどこかで一度見たことがあるような一場面だ。
あうあう、と夏の暑さのせいなのか、はたまた他の何かのせいなのか、健二の顔は赤みを増してゆく。
まるで漫画のように瞳をぐるぐるにして、最後には「キュウ」なんて可愛らしい声を出して倒れる始末。


「け、けけ健二君!?」
「お兄さん!?」
「兄さん!?」


大丈夫!?と夏希が叫べば「だ、大丈夫…です」との一言を残し沈黙。
慌てて駆け寄る夏希と静夜、佳主馬は隣にいたのでいち早く彼に近寄りペチペチと頬を叩いて反応を確認する。
だが一切の返答がない健二、額に手を当ててみれば風邪を引いたときのように熱くなっていた。


「熱中症だ」
「ちょっと!健二君!?大丈夫!?」
「揺らしちゃ駄目だよ夏希姉。でも、ここだと危ないからどこか、涼しいところで休ませないと…」
「なら、私が――」
「私が、健二君を連れてくよ」
「え…?」
「夏希姉?」


まさか夏希自身から言い出してくるとは思わず「私が兄さんを運ぶ」といいかけた静夜は驚いたように夏希を見つめた。
佳主馬もまさかここで夏希が自分から名乗り出るとは思わず驚いたように瞳を見開く。
そんな二人の視線を浴びつつ、夏希は倒れている健二を担ぎ上げ(ここはさすが剣道部と言うべきか)静夜へと向き直った。


「私は健二君の彼女だもん、こういうときは私がしっかりしないと。ね、いいでしょ?静夜ちゃん」
「…は、はい。宜しくお願いします」
「ん、任せて」


若干おっかなびっくりに返答した静夜の答えに夏希は満足そうに頷き、「ほら健二君、しっかり!」といいながら縁側の奥に消えていった。
残された静夜と佳主馬は暫くその二人の姿を見送った後、お互い顔を合わせる。そして、小さく笑った。


「久しぶりだね、こうやって二人になるのは」
「うん。いつも夏希姉が静夜を独占してたからね」
「ちょっとだけ、兄さんに悪いな、なんて思ってたりしてたんだ。佳主馬君たちが話しかけてこなかったら、私から夏希さんに兄さんのところに行ってあげて下さいって言おうと思ってたところ」
「相変わらずお兄さんを大切にしているんだね、静夜は」
「まぁね。今は少しずつだけど兄離れしようと頑張ってるんだよ?」
「静夜ができてもお兄さんのほうができなさそうだけどね」


佳主馬がそういえば静夜は困ったように笑う。
それにつられるようにして佳主馬も笑った。


「ねぇ静夜、久しぶりに手合わせしない?」
「…いいよ。最近強い人いなくて暇だったんだ」
「じゃぁ決まり。場所は納戸でいいよね、行こうか」
「今度こそ私が勝つから」
「負けないよ。僕はキングだからね」
「私だってクイーンだよ」


だから、分からないでしょ?と楽しげに笑う静夜。
そんな彼女に「でも、負けない」と言って、佳主馬は納戸に向かって歩き出した。
それに続くように静夜も歩き出す。

二人の手は、自然と繋がれていた。




夏の一風景
(それはあの夏から次の年の夏)
100808 執筆

− 46/50 −

目次
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -