広がる青空の下で | ナノ
じりじりと暑い夏が今年も幕を上げる…。


「あつーい…」
「…暑い…」
「暑いねー…」


三つの声が重なり窓から聞こえてくる蝉の声とともにかき消えた。
場所はある小さなマンションの一室。
お世辞にも広いとは言えないその部屋の中で二人の男子と一人の女子が各々の好きな場所でだらりと伸びていた。
その男子二人はもちろん私の兄である健二と、去年の夏、兄の恋人である夏希先輩の家で出会った佳主馬。
片やおなじみのタンクトップ姿でパソコンをいじり、片や暑そうに団扇で自身を仰いでいる。
私はと言えばその二人の間にごろりと寝ころび何をするわけでもなくぼんやりと見慣れた天井を見上げていた。


「今日は去年の最高気温を大幅に更新した日…だって」
「どうりで暑いわけだ…兄さん、大丈夫?」
「なんとかね…」


恐らく掲示板などに書かれていたのだろう文章を佳主馬が読み上げる。
半分朦朧としている意識の中返事を返せば佳主馬は少し心配そうに私の顔を覗き込む。


「静夜こそ、大丈夫?」

「…うん」


邪魔な前髪を髪ゴムとピンで抑え、風通しの良い半そで短パンで過ごしてはいるけれど暑いものは暑い。
隣で団扇を仰いでいた兄はとうとうダウンしたのか、いつの間にか仰ぐ手を止め微かな寝息をたてはじめていた。
流れ落ちる汗を拭いながら返事を返せば佳主馬は安心したような笑みを浮かべる。


「無理、しない方がいいよ?今年は熱中症もかなりはやっているみたいだし」
「そう言う佳主馬君の方は大丈夫?さっきから試合ばかりしているみたいだけど…」


そうなのだ。この状態になってからずっと日が当らない場所で寝ている私と違い。
彼はずっとパソコンをいじる手を止めていない。しかも様子を見てみたところ行っていたのはまさかのOMC。
集中力と体力を必要とするOMCをこの部屋でするという事はある意味で自殺行為でもあるのだ。
本当はこの家にはちゃんとクーラーは存在している。
だが、タイミング悪く先週から壊れてしまっており、修理の人が来るのは来週。
それまではこの暑い日を根性で乗り越えなくてはならない。


「試合、あまり断るわけにもいかないからさ」


少し困ったような笑みを浮かべ彼はまた画面に向き直る。
その手は暑そうな表情とは裏腹にリズミカルに音を奏で、画面ではそれに合わせて踊るようにキングが華麗な攻撃を繰り出している。
何度も彼と手合わせをしていた私でさえも間近で見ると見惚れてしまうほどのその指さばき。



「キングも大変だね」
「まぁね」


そっけない返事の中に見え隠れする優しい声色。
そんな佳主馬の邪魔にならないように気をつけながら私は後ろから画面を覗き込んだ。
表示されているのは倒れ伏すチャレンジャーの姿と、胸を張って立つキングの姿。


「お疲れ様」
「ん」


その言葉に小さく頷く彼の髪の隙間から見える耳が僅かに朱色に染まっているのはあえて見ないふりをした。
ちらりと壁にかかっているカレンダーに目を向ければ三つ○で囲まれている日付が目に留まる。
○が囲んでいるのは昨日、今日そして明日の日付。それは佳主馬が私達の家に泊まりに来る日付を表していた。

OMCの試合の他にゲーム開発も担っている彼。
彼はそんな忙しい日々のその合間をとって私達がいるこの東京に遊びに来てくれた。
3日という長そうで短いお泊まりもあと一日で終わってしまう。


「明日、帰っちゃうんだよね…」
「うん。一応ね」
「…そっか」


寂しくなるね、そう続けようとした言葉を無理やりに飲み込む。
彼にあまり無理をさせてはいけない。彼にも彼の時間が存在するのだ。
ただの友達である私がそれを狂わせていいい権利は何処にもない。

言葉を紡ぐ代わりに彼のタンクトップの裾を軽く握りしめれば彼は「どうしたの?」と此方をふり向く。
試合は既に終わったのか画面はデスクトップへと変わっていた。


「ううん。なんでもないよ」


軽く首をふり、彼のタンクトップから手を離す。
佳主馬はそんな私の様子を静かに見つめ、不意にぽんぽんと私の頭を撫でた。


「佳主馬、君?」
「大丈夫」
「え…」
「また、会いに来る」
「っ!」


まるで心を見透かしたような彼の言葉に思わず息をのんだ。
佳主馬は優しい笑みを浮かべたまま、「また、静夜に会いにくるよ」と呟く。
それは、今まで他の人には言われた事がない言葉。
嬉しさと慣れない恥ずかしさで顔を俯かせれば上から佳主馬が微かに笑った声がした。


「う…ん」


突如後ろから聞こえてきた声に私も佳主馬も一瞬動きを止めた。
見れば兄はごろりと寝がえりをうち、眠たそうに瞳を擦っている。
この暑さで起きたらしい。
その顔があまりにも年齢に似合わないほどに幼かったため私は思わず小さく笑った。


「あれ…僕、寝てて…」
「おはよう、兄さん」
「おそよう、お兄さん」
「あれ、静夜と佳主馬君…?……ご、ごめん。僕いつの間にか寝てたみたいで」
「気にしていないよ兄さん」
「よく寝ていたもんね」


二人してくすくすと笑い合えば兄はきょとんと首をかしげ私達を見る。
そしてふにゃりと恥ずかしそうに笑った。

少しだけ涼しい風が三人の髪をなびかせた。




真夏の最高気温更新日
(冷蔵庫にアイス冷やしてあるから皆で食べようか?)
(私バニラがいいな)
(じゃぁ、僕はチョコ)
101219 執筆

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