広がる青空の下で | ナノ
その日は一度に色々な事が起きたような気がする。
ここの当主であり、陣内家の大黒柱であった陣内栄が息を引き取り。
彼女が残した手紙で心を一つにした陣内家がラブマシーンを倒した。
その後すぐに衛星であるあらわしが裏山に落下。
湧き出た温泉をどうするべきかと考えつつ、とりあえず通報により駆けつけた警察にそれの処理は任せ。
他にも色々と、ボロボロになってしまった家になんとか入り込んだとか、ぐしゃぐしゃになってしまった家具の処理の相談とか、自分の荷物の捜索とか。
とにかく、色々な事があった。

気がつけば時刻は夜中に近く。夏と言えど少しばかり肌寒い風が足元に絡みつき去ってゆく。
今日大活躍を果たした兄は今はもう夢の中。
自分達に用意された部屋の前、縁側で足を投げ出し空を見上げる私はふるりと小さく身震いした。


「寝れないの?静夜」
「!…佳主馬君…」
「だから、呼び捨てで良いってば」
「あ、ごめん…佳主馬も、眠れないの?」
「まあね…今日は色々とあったから…」


台所から拝借してきたのであろう一杯のコップを持ち彼は少し誤魔化す様に笑う。
空を見上げていた視線を彼の方に向ければ、見える片方の目が柔らかく細められる。
彼は私の横にゆっくりと腰を下ろすと真似をするように両足を縁側に投げ出し、さっきまでの私と同じように満天の空を見上げた。


「少し察しはついていたけどさ…やっぱり、静夜だったんだね、クイーンは」
「…うん」
「なんで、もっと早くに打ち明けてくれなかったの?」
「それは…」


そこまで言葉を紡ぎ少しばかり顔を俯ける。
怖いのだ、と一言言ってしまえばすぐに終わる事なのに、私の口はぴったりと口を閉ざした貝のように動かない。
そんな私に佳主馬は無理にその言葉の続きを催促するでもなく、じっと私が言葉を紡ぐのを辛抱強く待ってくれている。
数分の沈黙の後、いつの間にか握りしめていた拳をまた少し力強く握りしめ、私はゆっくりと口を開いた。


「…こわ、かったの」
「…怖かった?」
「…うん」


自然と震える言葉。それを察したのか佳主馬は開いた方の手で真っ白な私の手を優しく包み込む。
トクントクンと彼の手を伝って流れる温もり。
まるでその温かさに溶かされるように、私の体の強張りは解け…口は自然と言葉を紡いでいた。


「今までずっと、佳主馬は私を普通の友達として接してくれていたでしょ?でも、もし私が“クイーン”だって知ったら、君が私を見る目が変わっちゃうんじゃないかって…」


自分の目の前にいるのはあのクイーンの使い手。
長い間自分と王座をかけ、競い合った強者。
もし、それを打ち明ける事によって彼が自分を見る瞳が変わってしまったら…。

そう考えれば考える程、怖くて怖くて言いだすことができなかった。
臆病者の私は自分可愛さに、全てを打ち明けてくれた君に答えることができなかった。
ふと、繋がっていた温もりが離れ温かな感触と重さが頭に乗せられる。
え…、と顔を上げればそこには、月の光に照らされ柔らかく微笑む彼がいて。
いつもは見えないもう片方の瞳が吹いた風によって見え隠れする。


「馬鹿、考えすぎだよ、静夜は」
「佳主馬…?」
「そんな事で、僕が君を見る目を変えるわけないじゃないか」


君はキングだと名乗った僕をありのまま受け止めてくれた。
そんなものは肩書きだと、僕は僕で、君はそんな肩書とか関係ないただの僕、池沢佳主馬の友達だと言ってくれた。
そうやって僕を受け止めてくれた君を…君がキングだと知ったところで僕は態度を変えるはずがない。

(君と僕は、ある意味似てるから…)

くしゃくしゃっと柔らかく撫でられる頭。
髪が乱れてしまうというのに、何故かその感触が心地よくて振り払えない。
最後には目をカーテンのように隠していた前髪を上げられて深いブラウンの瞳と私の視線が交差する。
闇夜に浮かぶその瞳は適度に濡れていて、月の光に照らされ柔らかく光る。

(綺麗…)

見た事もない程に柔らかい彼の表情に思わずくぎ付けになる。
それがどれほど続いたのか…じっと私の瞳を見ていた佳主馬はこつんと私の額と自分の額を打ち付け、へにゃりと笑った。


「静夜は僕の友達。クイーンとか、そんなの関係なくて…キングとかそういうのを全部抜かした僕の、池沢佳主馬の友達の小磯静夜だよ」
「!…っ……」


その言葉と笑みがあまりにも暖かくて、あまりにも彼に似てて、私はぎゅっと唇をかみしめ俯く。

(佳主馬が言った事、大地が言った言葉と、同じだ…)

脳内に浮かぶのは、小さい頃、虐められていた私を友達だと言ってくれた彼の言葉。


「はぁ?そんなんで俺がお前を嫌ったりとかするはずねーだろ!お前はお前!俺は俺!誰と友達になるとか、誰とつるむとかは俺自身が決める事だ!」
「でも…私、気持ち悪いし…一緒に虐められるかもしれないから…」
「いいよそんなの。虐められるんなら俺が片っ端からやっつけてやる!それに気持ち悪くなんかねえし」
「き、気持ち悪いよ…だって私、皆と瞳の色とか違う…」
「そんな違いとか他人と違うところなんか気にしてたらキリねえよ。とにかく!俺とお前は友達だ!瞳の色とか関係とか全部全部吹っ飛ばしてお前は、小磯静夜は俺の、五十嵐大地の友達だ!」


そう言いきってまるで太陽のような頬笑みで私の全てを包み込んでくれた彼の笑顔。
怯える私を温かな日差しのもとに連れ出してくれたのは彼だった。

そんな彼の無邪気な笑みと柔らかな佳主馬の笑みが重なる。
ぐっと言葉に詰まりなんと言葉を紡ごうかと思考を巡らしていれば間近に迫ったまま彼は柔らかく笑う。


「…君がまだまだ僕を信用しきれていないのはわかってる…だけど…」


不意に視界が動き密着する私と佳主馬の体。綺麗な黒髪が頬を撫ぜる。
風に吹かれて少しばかり冷えていた私の体に佳主馬の体温はとても温かくすり寄れば優しく頭を撫でられた。
その温もりに優しさに思わず溢れだすのは涙。それは後から後から溢れだし、なんでこんなにも涙があふれるのか、なんでこんなにも胸が苦しいのか、それがわからない私はただ嗚咽を上げて泣く。

私はまだ知らない。
この感情が、嬉しいという事だと。

私はまだ気がつかない。
次第に、私は彼に惹かれつつあるのだと。

赤子をあやす様に背中を撫ぜる佳主馬の手は暖かい。そして、柔らかい。
子供のように彼の服を掴み握れば耳元で微かに彼が笑う声が聞こえた。
そして、ゆっくりと子守唄を歌う様に…静かに静かに彼は言葉を紡ぐ。


「教えてほしいんだ…静夜の事。静夜の思っている事。静夜が感じている事を…。僕も話すから…ゆっくりでいい…本当に、ゆっくりでいいから、君の事を知っていきたい。教えて、くれるかな?」


数秒の間、最後は恐々と聞いてきた佳主馬は黙って私の返事を待っている。
私は一旦深く息を吸い、ふと彼の背中越しに夜空を見上げた。
空気の澄んでいる空には満天の星が輝いていて、まるで私を応援してくれているようで…。
ぎゅっと再度彼の服を掴む力を少しだけ強め…。


「…うん」


小さく小さく頷いた。




星空カーテン
(垣間見たのは自分の本当の気持ち)
110223 執筆

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