静夜が、笑うようになった。それは兄として今までの彼女を見てきた僕にとってはとても嬉しい事。
だけどその笑顔の裏には沢山の悲しみと、沢山の傷を負っていると思うと素直に喜んでいいのかわかならい。
体の一部の違い。普通とは異なる色。それだけで、彼女は沢山のものを失い、沢山の傷を負った。
それでも、彼女は笑う。まるで、それを隠す様に…。
「ねぇ、お兄さん」
「なに?佳主馬君」
「静夜、笑うようになったね」
ひゅっと喉に空気が入り、僕は小さく瞳を見開いた。
縁側の向こう。アイスの棒を食べながら座る僕と彼の目の前では、白いワンピースを身にまとった夏希先輩と妹がはしゃぐ姿がある。
ガリッとアイスキャンディーを噛み砕き、隣で静かに彼女達を見つめる佳主馬君はまた、笑うようになった、と繰り返した。
「最初にあったときなんか、全然笑ってなかったのに…」
「…それまでに、色々あったからね」
両親から見離され、周りの人からは偏見の眼差しで見つめられ、虐めを受け、暴力を受け、彼女の心はボロボロだった。
唯一彼女へと手を差し出してくれた少年も、いつも傍にいるわけでもなく。
多少の安らぎはあろうとも、やはり、常に心の奥では恐怖で怯えていたのだろう。
それでも彼女が笑えているのはきっと、彼等のおかげ。
「静夜の笑顔を取り戻してくれたのは、佳主馬君や先輩のおかげだよ、きっと」
そして、もう一人の彼と、今は亡き、陣内家16代目当主であった彼女のおかげ。
「ありがとう」
静夜に、笑顔を取り戻してくれて。
僕の言葉に照れたのだろうか、佳主馬君はまたアイスキャンディーに勢いよくかじりつき「別に」と言った。
それはきっと彼なりの照れ隠しなのだろう。
可愛らしいところもあるのだと、溶けかかったアイスを食べながら思わず口元が緩む。
「けーんーじー君っ」
「ほぇ!?あわわ、うわぁっ」
影が差したかと思えば頭に小さな衝撃が走る。
反射的に上げた視線の先には先ほどまで遠くにいた先輩の顔。
のけぞろうとした僕は無様に崩れ落ち、頭を強か打って唸り声を上げた。
「け、健二君!?大丈夫!?」
「は、はい、なんとか…」
「大丈夫そうに見えないのは私だけかな?兄さん」
心配と少しの呆れが入り混じった笑みを浮かべる静夜は、僕へとゆっくり手を差し出す。
こんな小さな手のどこにそんな力があったのだろうと驚くくらいに、勢いよく引き上げられた僕の体は、先ほどと同じ体勢へと無事戻ることができた。
恥ずかしさから熱くなる頬をかけば、先輩は小さく笑う。
隣でアイスキャンディーを食べていた佳主馬君もまた、目尻を下げてへにゃりと笑い。
僕等兄弟も、それにつられるようにして顔をほころばせた。
ハッピースマイル(兄としてただ切に願うのは、妹の幸せ、ただそれだけ)
110330 執筆
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