「侘助…」
「……ばあちゃんなら、わかってくれるよな?」
ぽつりと零された言葉。さっきまで侘助の顔に浮かんでいた薄笑いは消え、そこにあったのは、一番彼に懐いていた夏希すらも見たことがない純粋な笑顔だった。
「今まで、迷惑かけてごめんな」
まるで別人のように穏やかな顔、優しい声。彼のあまりの変わりように一同が目を見開いた。侘助は軽く頬をかき、ただただまっすぐに栄を見つめる。
その姿が、どこか兄を慕う自分の姿と重なって見えて静夜は隣にいる健二の服の裾を握った。
「挽回しようと思って俺、頑張ったんだよ。この家に胸張って帰ってこられるようにさ」
先ほどまで厳しかった栄の表情が変わった。怒りの表情だけだった中に、どこか苦渋が混じる。
「そうだ、ばあちゃん、これ見てよ」
先ほどよりも幾分か弾んだ声で侘助はズボンのポケットから携帯端末を取り出して、ある画面を見せた。しかし、中の文面は英語で栄は軽く首をかしげる。
「今、米軍から正式なオファーが入ったんだ。俺の作ったAIの技術情報を高く買いたいってさ、すごいだろ。な?」
文面を指さしながら説明する侘助の顔は笑顔だ。まるで、満点を取ったテストを親に見せる子供のように。
けれど、彼とは反対に未だに栄の表情は厳しい。それは優れた技術をいくらでやり取りするかよりも、彼が生み出した技術は他人を傷つけてしまうモノであることを彼女は知っているからだ。しかし、侘助はそれに気が付かず、尚もまくしたてる。
「これも、ばあちゃんのおかげさ。なんたって、ばあちゃんがくれた金で独自開発できたんだから!」
一同が息をのみ、栄が瞳を見開いた。一気に緊張感が増した空気の中で、最初に動いたのは栄だった。踵を返したかと思えば、無言で隣の和室へと歩いていく。その歩みの先にあったのは甲冑と、壺の中に建てられている弓と矢、そして一本の薙刀。彼女の手は迷うことなくその薙刀を引き抜く。そこまでいけば、周りの人間も次に何が起こるか予想がついた。
「母さんっ!」
悲鳴のような声を上げたのは万里子だった。しかし声を上げたはいいが、体は思うように動かない。その間にも、栄は着物の袖を引き上げ滑るようにして居間に戻る。
「おじさん、逃げて!!」
夏希が叫ぶが侘助は動かない。今起こっている状況に頭がついていかず、棒立ちになっていた。
侘助が薙刀の間合いに入った瞬間、栄はためらいなく薙刀を振るった。一閃、薙刀の刃が空気を切る音が響き、「うっ…」という侘助の声と親戚たちの悲鳴が重なる。薙刀の刃は侘助をかすめ、縁側に下がっていた簾を切り裂いた。
倒れこむようにして切っ先を避けた侘助に、上段からの追撃が襲い掛かる。
「ひっ!」
転げるようにしてその攻撃をかわす侘助。しかし、栄は容赦なく彼へと再度薙刀を振り下ろす。食卓に悲鳴が響き、母親たちは子供たちを安全な場所へと非難させた。健二も最初の一撃時に静夜の腕を引いて立ち上がり、部屋の隅へと非難する。
その間にも一撃、また一撃と重い攻撃が侘助を襲い、彼はそれを紙一重でかわし続けた。しかし、食卓に足を引っかけてしまい倒れこんでしまう。背後には食卓がありもう下がることはできない、目の前には栄が薙刀を構えて歩み寄ってきていた。
頭上から振り下ろされたその光る切っ先はまっすぐに侘助へと振り下ろされ、彼の鼻先でピタリと止められる。
「侘助。今、ここで死ね!」
薙刀を構えた状態で、栄は鋭く言い放った。
栄と侘助170921 執筆
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