広がる青空の下で | ナノ
 お互い自己紹介などをすませ、次に私たちが向かうのは新幹線乗り場。もちろん私は兄の隣の席に座る、はずだった。

「ねぇ、健二君。私、静夜ちゃんと隣同士で座りたいんだけどいいかな?」
「え!?で、でも静夜は――」
「ね?お願い!」
「勿論いいですとも!!」
「……。(兄さん…)」




▽▲▽




 長野新幹線のホームには既に私たちがのる予定の新幹線が到着していた。
 後ろにリュックサック、左右の肩にバックをかけ更に手にはそれぞれ紙袋二つを持つという重装備の兄の健二。その傍らには私が残りの二つの紙袋(一番軽いもの)を持って立っていた。辺りは新幹線に乗る人などでとても騒がしい。


「長野県上田市?」
「そ。そこの田舎で、大おばあちゃんのお誕生日会があるの」


 売店のおばちゃんからお弁当とお茶を受け取りながら夏希先輩は言う。隣の兄はその言葉に、「へぇ」と言葉を零し、私は少々ずれてきた紙袋を持ち直す。


「日本中から親戚一同が集まるんだけど、全然人手が足りなくて」


 困ったように苦笑いを見せる夏希先輩。

 大おばあちゃんということは曾祖母にあたる人なのであろう。親戚一同ということはかなりの人数がその家に集まることになる。人が苦手な私にとっては地獄の4日間になりそうだ。

 相槌を打つ健二の隣で静夜は少々顔を曇らせる。


「じゃぁ僕は、その誕生日会のセッティングを手伝えばいいんですね。うん、それなら僕にも出来ます」
「うん、そうなんだけど……その、それだけじゃなくて」
「え?」
「いや、な、なんでもない。行こう健二君、静夜ちゃん」
「あ、はい」
「……はい」


 若干挙動不審になりながら慌てて話を逸らす夏希先輩。
 兄はそんなことまったく気にしているようには見えないが、私はその時先輩の目に迷いの色が浮かんだのを見逃さなかった。

 どうやらこのアルバイト、一筋縄でいくような内容ではないらしい。


「詳しいことは現地で話すから、宜しくね」
「はい!」


 先ほどの先輩の言動に多少の不安感を覚えながら、私達は目的の新幹線である“あさま521号”へと乗り込んだ。




▽▲▽




 上野、大宮、それぞれの駅を無事に通り過ぎ、窓の外に都会では見られない青々とした木々が多くなってきたころ。時間も時間なのでお弁当にしようかと夏希先輩が言ったのは約数分前のことだった。

 夏希先輩が買って来たのは30品目バランス弁当で、鶏肉や野菜などがバランスよく詰め込まれている。私はその中で好きなものを箸でつつきつつ、窓の外を過ぎてゆく景色へと意識を飛ばしていた。

 ちなみに隣の席には夏希先輩が座っていて、通路の向こう側には兄の健二が若干残念そうな顔で座っている。本当は、初め私と兄が隣同士で座るはずだったのだが、夏希先輩の指名で私は先輩の隣へと腰を下ろすことになった。
 初対面の人と座るのは私にとって拷問以外の何ものでもなく、兄に若干助けを求めたが、先輩の一撃おねだりスマイルでノックアウト。少々窓へと身をくっつけながら私は先輩と並んでいた。


「ところでさ、健二君は何の日本代表になれなかったの?」
「ブフッ!」
「兄さん、汚い」
「あ、ご、ごめん静夜」
「大丈夫?健二君」
「はい。すいません」


 少し噴き出してしまったお茶を健二はいそいでティッシュで吹き始める。その顔は此処から見ただけでも分かるほどに真っ赤に染まっている。

 流石にどもり過ぎやしないだろうか…。

 思わず口からため息が出た。


「先輩、どこでそれを…」
「佐久間君から聞いたの。後ちょっとだったのに、惜しかったんだって」

(佐久間先輩…)

 
 私でさえも思わず苦笑を浮かべてしまった。頭に浮かぶのは、してやったり!、と満面の笑みでブイサインを決める兄の親友の姿。兄も同じ事を考えたのか「佐久間のやつ…」と小さく呟いている。

 静夜には分からないが、これは佐久間から健二への小さな復讐だった。多分憧れの先輩と田舎旅行する権利を勝ち取ってしまった親友への小さなあてつけ。


(あの人、こういう時だけは手回しいいからな)


 目の前でどもる兄と好奇心いっぱいにその内容を聞こうとしている先輩の漫才的な光景を見ながら思う。


「ね、何の日本代表なの?健二君てスポーツやってたっけ?」
「その、スポーツじゃありません」
「だよね。健二君見た目からしてスポーツ得意そうには見えないもん」


 きらきらとした瞳で的確な言葉を返され健二は一瞬「うっ」と唸った。
 今の言葉はかなりきつい一撃となって兄の胸に刺さっただろう。

 ガックリとうなだれる兄を気にせず先輩は尚も詮索を進める。


「それで、なんの日本代表?」
「ええと……す、数学オリンピック、っていって…」


 そこまで言うのが限界だったのか、兄は一旦言葉を区切りひじきを口へと運ぶ。私もそこまで聞いてまた一口、花形に切られた可愛い人参を口に運んだ。


「数学オリンピック?」
「はい。簡単に言えば――」
「計算力を競うオリンピックなんです。先輩」
「静夜?!」


 手取り足取りを使って説明を試みる健二だがそれは上手く夏希先輩へとは通じない。もどかしいのでさっさと説明してしまえば兄は吃驚した顔で此方を見た。
 私の隣では夏希望先輩が初耳とばかりに感心している。それもそうだ、数学オリンピックなど知っている人しか知らない。普通の人にとっては初耳なのが当然だ。

 感心する先輩の向こうで、じとりと視線を送ってくる兄に静夜は顔を向ける。
 「説明が下手」と口パクで伝えればそれに気がついた兄は苦笑い。
 「ありがとう、静夜」と口パクで返してきてくれた。
 その言葉なきお礼に私は口で小さく弧を描くことで答える。


「へえー、そんなのがあるんだ。静夜ちゃん物知りだね」
「いえ、私も兄から聞いたんで」
「そっか。じゃぁ健二君は数学得意なの?あ、でも物理部だもんね。パソコンやるだけの部活かと思ってたけど」


 現在はオタク部という称号を与えてもらうまで落ちてますけどね。

 だが、以外にも夏希先輩はこの話に食いついてきている。体育会系の先輩なので興味などないだろうと思っていたらしい健二の方は少しだけ顔を輝かせた。そして、割り箸を口に咥えつつ、少々照れながら先ほどの言葉の続きとも呼べる言葉を発した。


「得意というか、他に何も出来ないだけなんですけど…」
「へぇー。ねぇ、何かやって見せてよ」
「えっ!!」


 突然の夏希の要望に兄は心底吃驚したように飛び上がった。だが言いだしっぺの本人は期待に胸を膨らませ、その大きな瞳で兄を見つめている。
 ここまでされては「そんな、いきなり言われても」など口に出来るはずもなく。健二はそれじゃぁ、と考え始めた。


「ええと…あ、そうだ。夏希先輩、夏希先輩のお誕生日っていつですか?」
「わたし?7月の19日。平成4年の」


 夏希から発せられたその数字と記号が健二の頭の中で螺旋を描く。忙しなく頭を動かしつつ、箸で鶏肉を掴み口に運ぶまでの数秒間、その間にすでに健二の頭の中には答えの数が浮かんできていた。

 そして、期待に胸を膨らませる夏希へと声を投げかける。


「日曜日です」
「へ?」
「1992年の7月の19日は日曜日でした」


 兄がそう言いきると今まで夏希先輩のあんなにも輝いていた瞳から光が失われてしまう。

 「当たってました?」と先輩の表情とは正反対に満面の笑みで聞き返す健二。
 彼が使ったのは“モジュロ演算”と呼ばれる計算法で“モジュロ除算”とも呼ばれる計算式。それを健二は鶏肉を食べる数分間の間で計算し、答えを出したのだ。


「そんなこと知ってる健二君て……もしかしてストーカー?」
「ちっ!違います!!」


 そりゃそう思うのが普通と言うものだろう。

 兄にとってこの先輩の発言は予想外の出来事だったのか、思わず大声で叫んでいる。あまりの大きさに周りの数人からの視線がこの席に集められた。その視線にいち早く反応した私は小さく身を沈め、そ知らぬ顔。この後のことは全て兄に託すことにした。

 持ってきた愛用のヘッドホンを耳につけ、これまた愛用の小さめのノートパソコンへと繋ぐ。少し邪魔な前髪をどけながら、“OZ”と表示されている場所をクリックし、電子世界へと自らの分身を送り出した。なにやら「夏希先輩も剣道部で――」や「うーん、私の方も」などと会話が聞こえたがその声は次第パソコンから流れてくる独特な音楽によって消えていった。




モジュロ演算
(あれ?静夜ちゃん?)
(先輩、そうなった静夜はもう何にも反応しないです)
(そっかー…残念。もっといろんなお話したかったのに)
(……。(音楽聞こえにくい))
150328 編集


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