広がる青空の下で | ナノ
その夜の夕食は、昨日の面子に頼彦、邦彦、克彦、そして家に居ながらにして顔を出さなかった佳主馬と静夜を加えた面子となった。
本当はもっと増える予定だったのだが、やはり昼間のOZの混乱で足止めを受けてしまった他県組の到着は明日となった。
少し離れた席に座っている佳主馬へと視線を向ければ、それに気がついた彼は見えている片方の瞳を柔らかく細めた。


「…ごほん!」


騒がしい食卓内に夏希の大きな咳ばらいが響き、一同は一斉に彼女のもとへと視線を向けた。
彼女の隣にいた健二は、未だにその視線に慣れることができないのか小さく縮こまる。
静夜も今までに感じたことがない程の多くの視線から目をそらす様に、彼の体へと小さく小さく体を隠した。


「えっと、それじゃぁ、ちょっと遅れてしまったけれど紹介します。健二君の妹さんの小磯静夜ちゃんです」
「……。」
「静夜、挨拶」
「えと…」


健二に言われておそるおそる顔を出せば、沢山の視線が一斉に視野に飛び込んできてまた彼の体へと隠れる。


「えと、こ、小磯静夜、です。宜しくお願いします」


早口に言いきって健二のワイシャツを掴みその背中へと顔を押し付け静夜を見て、彼は困ったように笑った。彼女の様子を見ていた夏希は「静夜ちゃん、ちょっとこういう場所苦手なの」と、そっとフォローを入れる。
彼女の言葉に納得したらしい面々は「いらっしゃい」「ゆっくりしていってね」「よろしくー」と言いながら各々に頭を下げ、静夜も慌てて頭を下げた。


「それじゃ、お夜食食べましょうか」
「「「いただきまーす」」」


万里子の声かけにより始まった賑やかな食事。
前日にも見た食事に加え、それ以上の豪華そうな食事が並べられた机を見つめ、静夜は思わず唾を飲み込んだ。
少し離れた所では点けっぱなしのテレビが今日の騒動の事の報道を流している。どうやら混乱は最小限に抑えられ、奇跡的に死傷者はでなかったらしい。OZのシステムも復旧し、各機関も平常通りの運行をしている、とテレビの中のニュースキャスターが続ける。
それもこれも、健二達、そして長い食卓テーブルの一番奥で何事もなかったかのように上品に食事をする栄の努力あってこそだろう。
隣でたらこ唇の男性――太助さんから飲み物を注いでもらっている健二や「醤油とってー」と声をかけている夏希、聖美の隣にパソコンを持ち込み静かに座っている佳主馬や奥でゆっくりとご飯を口に運ぶ栄を一通り見渡して、静夜は誰にも気がつかないくらいに小さく口元をほころばせた。


「静夜、これ食べなよ。すごい美味しいから」
「ありがと、兄さん」
「まだまだ沢山あるから、健二君も静夜ちゃんも遠慮せずに食べてね!」
「はい、先輩」
「はい」


こんがりと焼けた餃子を健二から受け取りながら頷けば、夏希は嬉しそうに笑う。
賑やかな食卓から見える縁側は夕陽で真っ赤に染まり、その中にまるで水たまりのように存在する池では鯉が跳ねその体をオレンジに染め上げる。
夕方の涼しげな風が入り込めば、夏の草木の柔らかな香りが鼻腔を掠める。
吉報も舞い込んだ。犯人として取り上げられていた健二の身柄は、あくまで任意同行であり、折を見て事情を説明しに出頭すればいいとの連絡が入ったのだ。現職の警察官である翔太が責任を持つという条件付きだが。

――真犯人はラブマシーンだって、警察も気づいているんだろ。

吉報を喜び、健二に抱きついた静夜に佳主馬はそう言った。
胸をなでおろす健二とは逆に、重要参考人を押し付けられた翔太は未だに不機嫌顔だが。


『さて、次のニュースです。高校野球、長野大会10日目』
「ちょっとみんな、静かに!」


由美の声により全員の視線がテレビへと集まる。


『準決勝第一試合は乱打戦の末、上田渋谷丘が辛くも佐久長聖に勝ち越し、明日の決勝戦へとコマを進めました』
「やったぁあああ!」


途端にバンザイをして喜ぶ一同に混じり、静夜は健二と共に顔を見合わせ笑いあった。
テレビにも11対10というスコアとともに、諸手を上げて喜ぶ上田渋谷丘高校野球部と了平の姿が映し出される。


「ヒット30本も打たれてよく勝てたな」


真悟を膝に乗せた頼彦が、隣で自分と同じように加奈を膝にのせた邦彦へと笑いかければ彼は大笑いする。


「奇跡だな!」

「あいつ、負けそうになると、顔にでるからな」


照れ隠しなのだろうか、自分の息子の勇姿を見て苦笑いすぐ克彦。
そんな彼を「親に似たんだろ?」「そうそう」と二人が冷やかされ、克彦が「ええー!?」と了平とそっくりの顔をした。


「夏希。お父さんとお母さんは?」


頼彦に訊かれ、漬物を食べていた夏希はそれをゆっくりと噛んで飲み込む。


「御父さんは水道管の修理で徹夜。お母さんはまだ埼玉。疲れたから近くのビジネスホテルに泊まるって」
「そうか。なにはともあれ無事でよかった」
「それもこれもぜーんぶ、栄ばあちゃんが関係各所にビシッ!と指示を出してくれなかったら、こんなに早く収まらなかったな」
「な、ばあちゃん!」


邦彦が笑い、克彦が栄のグラスへとビールを注げば栄は何のことやらという顔で平然とグラスへと口つけた。


「あたしゃなんにもしちゃいないよ」
「またまたぁ」
「流石ウチのばあちゃん。日本一だ!」
「バカだね!」


息子達に笑う栄に、食卓も笑いに包まれる。
ああ、食卓とは、食事とはこんなにも温かなものなのか。
一口一口味わう様に餃子を噛みしめる静夜は、目の前で繰り広げられている温かな食卓の光景に瞳を細める。
普通のごく普通の家庭に普通にあるはずの光景が、自分にとってはとても光り輝いて見える。
いつも兄と二人でしていた食事も楽しかったし温かかったけれど、大人数で食べる食事というものがこんなにも明るく温かいという事を知らなかった自分。


「温かいね、兄さん」
「うん」


口に広がる餃子の味に何故か視界が歪む。
熱いからとかそういうのではなく、この温かな雰囲気にこの胸が震えているのだ。

(温かい。ここの全てが、温かい)

柔らかく自分の手を握ってくれている健二の手を握り返せば、彼は優い笑みをくれる。


「健二さん。あんたも今日は、頑張ってくれたんだってね」


突然話を振られ、健二は勢いよく手を離しピンと背筋を伸ばす。
彼の目の前で彼を見つめる栄の表情は柔らかい。


「い、いえ…僕は、なにも」
「誰誰?」
「夏希の彼氏だって?」


邦彦に言われ、健二と夏希は思わず顔を見合わせお互いに頬を朱色に染める。
あまりにも初々しいその姿に静夜は小さく笑った。
少し後押ししてあげようか、と軽く彼の腕を押せば簡単に二人の距離は縮まる。慌てて静夜の名前を呼ぶ彼の声に、静夜は聞こえないというように顔をそらした


「彼氏じゃねーよ!」
「なんで翔太が言うんだよ」


響く怒声に、また広がる笑い声。


「OZのトラブル直しちゃったんだって!」
「まだ高校生なのによ?」
「へぇ」
「やるなぁ、彼氏」
「だから彼氏じゃねえって!!」


二人が顔を真っ赤にして眼をそらしている間にも、あれよあれよという間に健二は話題の中心となってゆく。
思わず恐縮し、縮こまった健二だったがその顔はどことなく嬉しそうでもあった。


『OZアカウント不正使用事件の続報です』


そんな賑やかな食卓の中で、ニュースキャスターの声がやけに鮮明に静夜の耳へと入る。
思わずテレビの方へと視線を向ければ、健二達も同じように真剣な目つきで画面を見つめていた。


『システムが復旧したにも関わらず、現在も日本国内だけで200万人以上のカウントが使用できない状況となっております』


ニュースキャスターの話は淡々と機械のように進んでゆく。
少し視線をずらせば佳主馬もまた、賑やかな食卓の奥でテレビをジッと真剣な眼差しで見つめていた。
ふと目線が合うと小さく笑いかけてくれたので、ぎこちないながらも微笑みを浮かべる。


『原因は今のとことわかっておらず、総務省ではOZアカウントの使用および管理に注意を呼び掛けています』


食卓を包み込んでいた笑いが収まり、一同の視線がテレビにくぎ付けとなる。
こうもひっきりなしにニュースを報道されると、今日起きた事件が大事だった事を改めて実感させられる。


「でもまだ、終わったわけじゃありません」


健二の一言に、夏希や佳主馬の瞳が細められる。


「ラブマシーンを倒したわけじゃないしね」
「そう、根本的な問題は解決していないんです」
「ラブマシーン?なにそれ、モー娘?」
「アカウントを盗む、AIだよ」


太助の質問に佳主馬が答え、持ってきていたパソコンを開けば周りの人々が興味深げに集まる。
彼が軽いタッチ操作で犯人とされるラブマシーンの姿を映し出せば、理香が顔をしかめた。


「げ。いかにも悪そうなアバターじゃん」
「今日の騒動の原因はこいつか…」
「でも、なんで報道されてない」
「時間の問題だとおもうよ、師匠」


佳主馬が下げていた視線を上げ、万助を見る。


「ネットの世界は広いし、気づいている人はもう行動を起してる。情報を共有して力を合わせれば、止められないわけないよ」
「うん」


佳主馬の頼もしい言葉に健二が頷き、静夜もゆっくりと首を縦にふる。
一同の心が一つになりかけていた、その時…。


「シシシ、そいつは、無理だね」


縁側からあざ笑うような笑い声が聞こえてきた。
一同がそちらへ視線を向ければ、そこには徳利と御猪口を持った侘助が縁側の柱に寄りかかり肩を揺らしている。


「なんで、アンタが無理だってわかるんだよっ!」


眉を吊り上げた佳主馬が、思わず立ちあがる。
そんな佳主馬へと再度笑いを零し、侘助は御猪口をぐいっと飲み干した。
なくなってしまったのだろう、空っぽになった徳利を振り、彼は此方へと視線を向けゆっくりと言葉を紡いだ。


「なんでって、そりゃぁ…それ開発したの、俺だもん」


見開かれる佳主馬と健二の瞳。その頬を夏の生ぬるい風が撫ぜる。
一瞬の沈黙が、誰もが侘助の発言の意味を理解できずにいる事を証明していた。
絶句する彼等をあざ笑うかのようにニヤニヤと笑う侘助。だが、冗談めかした口調のわりには瞳はまったく笑っていなかった。


「ラブマシーンを…作ったの?」
「ああ、俺が開発したハッキングAIだ」


絞り出す様に問われた佳主馬の問いかけに、侘助はあっさりと頷いた。




AIの開発者
(目の前が真っ暗になるという事はきっとこの事)
110207 執筆
160508 編集

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