広がる青空の下で | ナノ
栄が真っ直ぐに向かったのは、自分の寝室だった。
こっそりと後をついてきた健二達が障子の隙間から覗き込むと、栄が棚から何かの束を引っ張り出すのが見える。
そのまま何をするのかと見ていると、栄はそれを自分の近くに広げ、手帳を広げると黒電話へと手を伸ばしたのだ。




▽▲▽




ジーコ、ジーコというレトロな音と共にダイヤルを回し、栄は受話器に耳を当てる。


「頼彦かい?」


不意に栄が笑った。


「専用電話にかけたくらいでビックリするんじゃないよ。いいかい。どんなに無駄になってもいい、くじけないで一人でも多くのお年寄りを訪問するんだ、いいね?」


受話器の奥から聞こえてくる驚きの声にピシャリと言い放ち、受話器を戻す。
しかしすぐに手帳見て、別の番号へと電話をかける。


「邦彦、なんだいその情けない声は、意地を見せな!」


受話器を戻し、またダイヤルを回す。


「いいかい克彦、これは戦だよ。へこたれるんじゃないよ!あたしもなんとかしてみるから」


受話器の向こうから聞こえてくる不安そうな声は栄が受話器を置く事で強制的に切られる。
身内に電話をかけおわった栄は手帳のページをめくり、そしてまた受話器へと手を伸ばす。


「勘ちゃん、久しぶりね、栄です。忙しいだろうけど、同じ武田家家臣団のよしみで聞かせてくれないかい?交通省は今、どんな手を打っているんだい?――なに?OZが混乱して情報が集まらない?バカいうんじゃないよ!その足はなんのためについているんだい!!」


顔を険しくさせた栄の怒声が響き渡り、彼女の部屋をのぞいた健二達はその声に思わず首をすくませた。
電話が終わったらしい栄は手帳を放り出し、次は年賀状の中から1通の手紙を取り出す。


「曽根やん、今の状況、わかっているかい?引退した人でもかまわない、一人でも多くの医療関係者に呼びかけて、消防庁に協力して欲しいんだ。あんたんとこのバカ息子のNPOが役に立つチャンスだよ!」


留まる事を知らない栄の叱咤激激励を、夏希達は呆然と見つめる。
電話をかけ続ける栄の周りは、いつしか数えきれないほどの知人友人たちからの便りや色あせた写真で埋め尽くされていた。


「飯富さん。大事なのは昔のように人と人とが声をかけあってコミュニケーションをとることだ。それを一番わかっているのはあんたじゃないか」


その写真の中には若かりし頃の栄らしき人物の姿が映っていた。
夏希に似た目鼻立ちをして、背筋を伸ばして座っている姿がモノクロで映っている。


「先生はよしてくださいな、ただの年寄りのお願いと思って、聞いてください」


写真の量は膨大だった。夫と撮ったもの。家族と撮ったもの。息子や娘達と撮ったもの。ひ孫と撮ったもの。家族のものだけでも数えきれない程にある。
その中で常に栄はとても嬉しそうに笑っていた。


「昔の事を言いなさんな。あんたをブン殴ったのは半世紀も前の事じゃないか」


知り合いとの写真は家族の比ではなかった。家族写真の倍以上に膨大すぎる量の写真。
そこに映る服装や色あせ方が、栄が生きてきた時代を感じさせる。


「そんな弱気な事をいっちゃだめだよ五十嵐さん。あんたが不安になれば、あんたに付いて来ている人達は何をしていいのかわかんなくなっちまうだろう?」
「!…五十嵐?」
「静夜、心当たりあるの?」


ある名前に反応した静夜に佳主馬が聞き返す。
静夜はその問いには答えずじっと何かを考えた後、静かに首を振って「なんでもない」と答えた。

その間にも栄は様々な人に電話をかけてゆく。


「おい、今言ってた小幡って…警視総監だぜ?」


ひきつった声で翔太が言う。


「みんな…大おばあちゃんに励まされているんだ」


夏希の呟く声が微かに震える。
夏希は栄が口にする名前を全て知っている。誰も彼も、小さい頃から栄の昔話で聞いた人なのだ。


「大ばあちゃんって、やっぱりすごい…」


栄の叱咤激励は止まることをしらない。
全国の一人一人を叱り、励まし、勇気づける。

そんな彼女の姿を今、彼等は目の当たりにしていた。


「……。」


栄の様子を見ていた健二は不意に身を翻した。
それに静夜も続き、夏希達も慌てて続く。


「健二君、急にどうしたの?」
「僕も…」
「?」
「僕も、できることをやらなくちゃ」


そう言った健二の横顔は、いつもの彼からは想像もできない程に真剣だった。




自分にできることを
(佐久間、大地君、OZの混乱を止める方法を教えてほしいんだ)
(ああ、もちろん!)
(勿論です!)
101227 執筆
160424 編集

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