広がる青空の下で | ナノ
「ハッキングAI?」


健二の驚愕した声が静かな部屋に響く。そんな彼の問いに、佐久間は静かに頷いた。



「AI?…AIってどういう事?」
『つまり人間じゃない。人間によって知識を入れられたロボット。簡単に言えば“人工知能”って事ですよ、先輩』


皆が黙る中パソコンについていまいち知識が足りない夏希が疑問の声を上げる。
その彼女の問いに佐久間がわかりやすく噛み砕いて説明をした。
やっとその言葉を理解した夏希が「なるほど」と頷けば佐久間に入れ替わり大地が前へと進みでる。


『そいつの詳細については俺が説明します。あ、ちなみに俺の名前は五十 嵐大地っていいます。よろしくお願いします』


ペコリと律儀に頭を下げ簡単な自己紹介を済ませると彼は一台のパソコンを見せる。
そこに映っているのはある掲示板の書き込み。その中の一文を彼は矢印で指し示す。


『ここ、わかりますか?あの仏像見たいなやつの画像と詳細が書いてある文章』
「うん。ちゃんと見える」
『よかった。んで、ここにはこんな文章が書いてあるんです。“ピックバーグのロボット工学学研究所で開発中の実験用ハッキングAI、通称【ラブマシーン】が脱走”。この掲示板では噂だと言われているんですけど、俺達は直にこいつを見て、そして少しだけだけれど戦いました。ただ、俺達だけが見たとなればあいつがこのハッキングAIだと確実に証明はできないでしょう。でも、実際には周りに沢山のアバターがいました。そして今、別の掲示板では沢山のラブマシーンと思われる画像と情報がアップされているんです。その画像は全てこれと一緒。これらのアップされた画像とこの画像の特徴などを簡単ではありますが照らし合わせたところ全て一致しました。つまり…』
「今まで起きたアバターを盗む奴の正体はこいつって事?」
『そう言う事』


静夜の言葉に大地は頷く。


「なら…」
「僕は、無実」
「よかったね、健二君!」
「なんだよ、犯人じゃねーのか」


呆然と自身の現状を確認する健二の声の上に、夏希の明るい声と翔太の少しぶっきらぼうな声がのっかる。
それによってやっと認識することができたのか襲いながらも健二は顔をほころばせた。
だが、そんな柔らかい雰囲気も佐久間の声によって崩されることとなる。


『安心するのはまだ早いぞ健二。今奴は手に入れた例のパスワードを使ってアカウントを奪い続けてる。全国で今起きている混乱も全てラブマシーンの仕業だ』


しん…と納戸の空気が静まり、気温が数度低くなったように感じた。
そんな中、翔太が勢いよく立ちあがり画面へと怒鳴りつける。


「オイコラ、でまかせ言ってんじゃねーぞ!」
「翔太兄ぃは黙って!」


厳しい一括で翔太を黙らせた夏希はゆっくりと画面の佐久間へと向き直る。


「そのアカウントってそんなに大事なものなの?」
『簡単に言ってしまえばOZでの身分証明書ですからね。OZでなんでもできる今、アカウントと現実の人間の権限はほぼ等しいんです』


「それに…」と一旦言葉をくぎり、いつもは陽気な佐久間の瞳が真剣そのものの色に染まる。


『水道局長のアカウントを盗めば水道局のシステムを好きにできますし、JR職員のならJRのダイヤを引っ掻き回せます。…更に言えば、大統領のアカウントを盗めば、核ミサイルだって打てるかも』


事の重大さが、ゆっくりとその場にいる全員に浸透してゆく。


「僕のせいだ…僕が暗号を解いたから…」


健二が俯く。その顔は血の気が失せ真っ青に染まっていた。
微かに震える健二の体を宥めるように静夜が静かに彼の手を握る。


「や、やっぱり逮捕だ、この野郎!」
「やめてってば、翔太兄ぃ!」


健二に飛びかかろうとする翔太を夏希が慌て止める。
夏希に宥められる翔太を見た後、静夜は画面の向こうの大地へと視線を向けた。


「大地…アイツを止める方法じゃなくてもいい、せめてこの混乱を治められる方法はないの?」
『あるっちゃあるんだが…』


眉間にしわを寄せ困ったように返事を濁らせる大地。
ふと、彼と佐久間の視線が静夜達の後ろへと注がれた。


「――これはあれだね。まるで敵に攻め込まれているみたいじゃないか」


いつからそこで話を聞いていたのだろう。
納戸の扉の向こうで厳しい顔つきで立っていたのは栄だった。


「下手したら、死人が出るかもだね」
「い、いつからそこに…」
「そんな事今は気にするときじゃない。ほら、そんな顔するんじゃないよ。慌てたら敵の思うつぼさ」


佳主馬の質問に威厳のある低い声で返し、栄は着物を翻す。
遠くなってゆく彼女の背中を追うように入口に夏希達が殺到した。


「大ばあちゃん!」
「こういう時は、一人一人ができる事をすればいいのさ。慌てふためいている情けない連中を、落ち着かせてやらなきゃね」


一度此方をふり向き笑う栄のその姿は、どこか凛としていて、そしてとても勇ましかった。




当主として
(あたしはあたしにできる事をするだけさ)
101112 執筆
160424 編集

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