初めての事だった。自ら自分がキングだと名乗ったのは。
今までは気付かれてしまったり、仕方なくバラしてしまったりなどはした事があったけれど、進んで自分の正体を明かそうなんて思った事すらなかった。
もしかしたら、怖かったのかもしれない。自分がキングだと知った瞬間、その人との関係が崩れてしまうかもしれないとか、今まで向けられていた言葉が変わってしまうかもしれないとか。
そんな事を気がつかないうちに頭の中で考え、想像し、勝手に結論付けていたのかもしれない。
そんな僕は…。
(なんて臆病者)
▽▲▽
蝉の声がやけに甲高く納戸の中に響き渡る。
置かれた麦茶のコップにはいくつもの水滴ができ、生温かい風が二人の汗ばんだ体を冷やしていった。
「そっか…」
彼女から紡ぎだされた言葉はそれだけだった。
興奮したような声も、批判の声もない。ただ、「そう」とその事実を受けとめたという返事だけ。もっと他の反応を想像していた佳主馬は微かに瞳を見開く。
「驚かないの?僕が、キング・カズマだって知って」
「まぁ、少しは驚いたけれど、そこまでではないかな」
普通の人はもっと驚くの?、と首をかしげる彼女は心の底から疑問そうだった。
それがあまりにも普通の反応で佳主馬の中に浮かんでいた不安は風に飛ばされるように吹っ飛んでいく。
「前に、僕がキングだって伝えた人はもっと驚いてたよ」
「そっか…でも、私はそんなに気にしないよ。だって、それがその人の全部って言うわけじゃなくて、その人が持ってる一面みたいなものだと思うし」
「その人が持ってる一面…」
「そう、一面。私にとって佳主馬君は、キングじゃなくて…私の友達だよ」
彼女の言葉に、ストン、と背中にくっついていた重りのようなものがおちた気がした。
先ほどまでズシンと重かった心が軽くなってゆく。
(どうして僕はさっきまであんなにも怯えていたんだ)
そんなに構える必要なんてなかった。彼女はこんなにも簡単に自分を受け入れてくれた。
そう思うとゆっくりと顔の緊張がほどけ、佳主馬の口からは自然と笑い声が零れた。
目の前の静夜はそんな彼を不思議そうに見つめ、首をかしげる。
「なんで、笑っているの?」
「静夜の事を笑っているわけじゃないよ。ただ、なんだかさっきまでの僕がバカみたいに思えてさ」
くすくすと微かに肩を揺らし笑う佳主馬。そんな彼を見つめる静夜。
ひとしきり笑ったあと、佳主馬は彼女の手をとり小さく言った。
「ありがと、静夜」
自分を、キングとしてでなく、一人の友達として見てくれて。
そんな想いをこめて、佳主馬はギュウと彼女の小さな手を包み込む。
静夜はそんな佳主馬の言葉と行動にキョトンとしたが、少しして小さく口元をほころばせてこう言った。
「どういたしまして」
臆病者持論(君は僕の大切な友達で、恋焦がれる人)
101028 執筆
160424 編集
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