広がる青空の下で | ナノ
時を同じくして場所は東京。
クーラーが効いた部屋では、一人の青年がずり落ちた眼鏡を直し、目の前と両脇におかれたパソコンを操作していた。




▽▲▽




「…はぁ」


不意に彼の口からため息が零れおちる。
目が疲れたのか、じっと見つめていた画面から視線を外し、目頭を押さえる青年――佐久間 敬。
先ほどから音信不通となってしまった親友、健二の元アバターを乗っ取った張本人を調べるため、彼は今自身のアバターを使いインターネットの世界を飛び回っていた。
だが、やはり一人で調べるというのは無理があり、未だにあの仏像の形を模したアバターの正体はつかめていなかった。
それは他の人たちも同じらしく、小さなウィンドウで表示されているOZのどの掲示板でも分かっていることとして書きこまれているのはその画像と“他のアバターを取り込む”ということだけだ。
決定的となる情報は未だに誰一人としてつかめていないらしい。


「先輩!!」
「っ!?…だ、大地、どうしてここに」


突如部室のドアが開き、片手にパソコンを抱えた少年が飛び込んできた。
見知ったその少年の突然の登場に佐久間の眼鏡が数pずり落ちる。
よほど急いできたのだろうか、必死に肩で息をする少年――大地に駆けよれば、彼は勢いよく顔を上げた。


「これ!これ見てください!!」


そう言って手渡されたパソコンに表示されているのは一つの掲示板。
そこはまだ佐久間が調べていない掲示板だった。
そして、大地が必死に指さす一行の文。そこにはこう書かれていた。

“ビッツバーグのロボット研究所より開発中のハッキングAI(通称 ラブマシーン)が脱走。”

そしてその文章と一緒に添付されているその画像はまさに、あのキング・カズマを負かした仏像アバター。
佐久間はゆっくりと顔を上げ、息を整えている大地へと向き直る。


「大地…これ……」
「はい。まだこの情報にちゃんとした確証はありませんが。恐らくあっていると思います。アイツの正体は――ハッキングAIです!」


蝉の声が、一際高く鳴り響いた。




▽▲▽




仏像――ラブマシーンの拳が熊に突き刺さった。腕を8本もつ熊が前のめりに傾き、大きな地響きとともに地に伏せる。


『K.O!』


疑似リゾートの南国エリア。そこに不似合いな機械音が響き渡る。
そんな声に見向きもせず、仏像は地に伏せる熊へと無造作に手を伸ばした。
途端に輝かんばかりの光に包まれる熊のアバター。メイヤが取り込まれ時と同じようにゆっくりと引き寄せられ、ルーレット盤へと吸い込まれてゆく。
回転が止まったルーレットには今しがた倒した熊のアイコンが追加される。また一つ、新たなアバターがラブマシーンの支配下に置かれることとなった。


「………。」


ラブマシーンはギザギザのマスクを持ち上げ頭上を仰ぐ。
彼の視線の先では、何百、何千という非力な野次馬アバター達が慌てて逃げて行くのが見えた。
ラブマシーンはそんなアバター達から興味がないように顔をそむけ、その場にたたずむが、彼のもとに新たな挑戦者は現れなかった。
キング・カズマから始まり、すでに数々のアバター達がラブマシーンに挑んできたが全てを返り討ちにした。
最大の強敵とのバトルを最初に経験し、学習したため、どれも彼の敵とは言い難い雑魚ばかりだった。

――これでは、ダメだ。
――これでは、足りない。

ラブマシーンは自らの思考に課された使命に従い次の行動に移ることにした。
人工知能として開発された彼に課された最大の使命。それは、"進化"すること。
その目的を達成するために、三つの手順に従って行動することを義務ずけられていた。
既にその三つの手順にしたがって、強いアバターを手に入れたものの、ラブマシーンに"停止する"という概念は与えられていない。
彼はさらなる進化を果たすために三つの手順をただ繰り返す。だが、ただ繰り返すわけではない。次はもっと大規模な範囲で、それを行う必要があった。それは、彼がさらなる進化を果たすために必要な事。


「……。」


ラブマシーンがやってきたのは落書きだらけの中央タワー。猫型の管理センターの前に浮かんで、腰にぶら下げられた鍵の束を取り出す。
南京錠のカギのようなそれの一つがゆっくりとラブマシーンから離れ、管理センターに近づいた。
猫の鼻の部分にあたる鍵穴にそれはゆっくりと近づき、大きさに合わせるように巨大化する。
ガチャリとどこか重苦しい音が響き、パタパタという音とともに管理センターの入口が開いた。ラブマシーンはその入口にするりと身を入り込ませる。
後ろから管理センターの管理をしている者らしきアバター達が入ろうと必死に近づいてきたが、彼らが入る少し前に開いた入口は容赦なく口を閉じてしまう。
管理センターの内部に侵入したラブマシーンは周りのものに目もくれず最深部を目指す。
広がるのは真っ白な世界。上も下もない純白の世界だった。その空中へラブマシーンはまた鍵を取り、差し込む。
鍵の先に"OZ"という文字が浮かび上がり、光が弾け、"infrastructure"というパネルの周囲に次々と樹の枝状のディレクトリが展開した。
全てがOZを利用した公共機関の管理パネルだ。ここからネットワークを通じ、あらゆる施設のシステムを根本から操作することができる。
OZ内を混乱に陥れることで、ラブマシーンは進化することができた。さらなる進化を果たすには、さらなる混乱が必要となる。
ラブマシーンの次の標的。

それは――OZの外にあった。




真犯人の正体
(さぁ、次のステップを始めよう)
100908 執筆
160421 編集

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