広がる青空の下で | ナノ
皆が見守る中、健二は手錠につながれた手で精一杯優しく静夜を撫でる。
静夜は健二の腰にまわす手にさらに力を込め、離れたくないというかのようにくっついた。
そんな彼女を健二は優しく引きはがす。拒むように小さく首を横に振り、必死に健二から離れようとしない静夜を、優しく、優しく。
女と男の力の差は歴然。静夜がいくら頑張ってもその手は簡単に健二の力によって引きはがされてしまう。


「兄さん…」


切なげにゆれる声に、健二の胸はまた鈍い音をたててきしむ。
それを振り払うかのように、静夜の長い髪を軽く、くしゃくしゃっとかき回し健二は笑った。


「お時間を取らせて、すみません」


ジャラリ、と手錠の音を響かせ此方を見つめる翔太へと向き直れば、彼は弾かれたように「お、おう」と返事を返した。
だが彼も今の光景を見ていたせいか足が一向に動かずに、オロオロと視線を彷徨わせているだけだ。
そんな彼を見ながら、どうしようかと健二すらも考え始めた時。


「テレビで言っていること、あれは本当にお前さんの仕業じゃないのかい?」


ゆっくりとお茶を啜っていた栄が口を開いた。
眼鏡の奥から此方を見据える双眸は鋭く、出会った時夏希を本当に守れるのか、と問いかけた時の瞳と同じだった。
健二は栄を静かに見据え、ゆっくりと其方へと足を向けた。
それにまたもや引きずられるように翔太も続く。


「あれを見ても、何が起こって、誰が困っているのか私にはわからない。あれは、本当にお前さんがやったことではないのかい?」
「……僕は、やってません。…無実です。少なくとも誰かに迷惑をかけようなんて事は思っていませんから」


でも、と健二は俯けた顔を上げる。


「犯人の本当の正体がわからない今、たとえ無実だとしても捕まってしまうのは仕方のないことだと僕は思います。だから、無駄に抵抗するよりは一旦署に行って、直接説明した方が早いと思うんです。…信じてもらえるかは、わからないですけど。やるだけはやりたい…」
「……。」


今まで見たことがないほどに真剣な光を放つ健二の瞳。
本気なのだ、と誰もが彼の瞳から悟った。


「うちは父が単身赴任ですし、母も仕事が忙しくて…そもそもあまり仲が良くなくて…家では大抵静夜と二人だけでした」


一瞬自分の少し後ろで立ちすくむ静夜に視線を向ければ、静夜は悲しそうに顔を伏せる。


「だから、大勢でご飯食べたり、花札やったり、最初はちょっと不安だったんですけど…こんなに賑やかなのは初めてって言うか…なんと言うか、うまく言えないけれど」


次の言葉に迷っているのか困惑したように眉を寄せる健二。
そんな彼の言葉に栄も、親戚一同も静かに耳を傾ける。
雑談をしていた子供たちでさえも、今は一言も話さずに彼の言葉一つ一つに耳を傾けていた。


「その…ご飯、おいしかったです」


心の底から嬉しそうに、健二は笑った。


「静夜の事、少しの間だけお願いします」


栄に深々と頭を下げ健二が立ち上がる。
自分を見つめる人々に向かって、彼はまたペコリと頭を下げた。


「お世話になりました」


つられるように一同が頭を下げる。
翔太に腕をひかれ、ゆっくりと彼の背中は障子の向こうへと消えてゆく。

それを一言も発さずに見つめる静夜。
佳主馬が心配そうに彼女に近寄るが、長い前髪で隠された彼女の表情はわからなかった。
その横を弾かれたように夏希が走り去ってゆく。


「健二君!」


足音が遠ざかり、車のエンジン音らしき音が聞こえた。おそらく翔太の車だろう。
エンジン音が完全に消えた時、堪え切れなくなったのか静夜は走り出した。
驚きの瞳で彼女を見つめる親戚一同に見向きもせず、居間から飛び出してゆく。


「静夜っ!」
「ちょっと、佳主馬!」
「聖美さん」


静夜の後を追いかける佳主馬。
それを止めようと声をかけた聖美に栄からの声がかかる。
でも、と言おうとした聖美を栄は何も言わず瞳で制す。
ゆっくりと聖美が上げた腰をもとにもどすと、栄は静かに言い放った。


「今は、あの子にまかせようじゃないか」


静寂が流れる居間に夏の蝉の声がやけに響いていた。




一時の別れ
(兄さん…兄さんっ…)
(静夜…)
100826 執筆
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