広がる青空の下で | ナノ
ちゃぶ台の前で先にご飯を食べていた子供たちが「スゲー」「リアル逮捕だ」とはしゃぎ。


「こら、見るな」


そんな彼らを由美がたしなめる。


「兄さん…嘘だよね?そうだよね?」
「静夜」


今にも泣きそうな、不安そうな声で「嘘でしょ?」と何度も聞き返す静夜に、健二は悲しそうに瞳を伏せる。彼の手元では、冷たい鉄の塊が重い音をたてた。




▽▲▽




先ほどの親族会議よりも深刻で重い空気があたりを包み込む。
皆が視線を向ける先では、手錠をかけられた健二と静夜が静かに視線を合わせていた。
誰もがその重い口を開こうとはしない。あの兄弟のかもしだす空気が、今、口を開いてはいけない、そんな気持ちにさせるのだ。


「ねぇ、あれ、誰?」


雰囲気を読まない直美が理香の腹を肘でつつく。
理香はそんな彼女を一瞥し、「多分、彼の妹」と小さく答えた。
直美は納得したように頷き再度兄弟へと視線を移す。


「ねぇ、嘘なんでしょ?兄さん」
「……。」


健二は何も答えない。否、答えられない。
自分自身の腕に付けられているこの鉄の塊が、彼女の質問の答えになっていたからだ。
今にも泣き出しそうな小さな静夜の声は、健二の胸をこれでもかというほどに締め付け、きしませる。隣にいた夏希も、申し訳なさそうに二人を見つめた。


「なんで、何も答えてくれないの?」
「……。」
「嘘だって、言ってくれれば、それで…」
「……。」
「兄さん…ねぇってば!!」


家に響き渡った彼女の声に、子供たちはビクリと震える。
何事かと他の部屋にいた佳主馬まで姿を表す程に彼女の声は響いていた。
静夜がこんなに声を荒げるのは滅多にない事だった。
いつもは無口で健二の後ろにずっと隠れている静夜。
長い前髪からは彼女の表情は窺うことはできない。
だがずっと彼女とすごしてきた、健二には見える。
彼女は、静夜は今――泣いている。


「犯人なら、私がちゃんと見つける。兄さんは悪くない。兄さんは犯人じゃない。そうでしょ?」
「静夜、でも、まだ犯人はちゃんとはわかってない。だから、しかたが――」
「仕方なくなんかない!」
「……っ」
「今、大地と佐久間先輩がアイツの正体調べてくれてる。そいつを捕まえて、突き出せば――」
「静夜!!」


居間が、沈黙した。夏の空に響き渡る蝉の声がやけに耳に響く。

夏希が、栄が、佳主馬が、万里子が、直美が、理香が、子供たちが…その場にいる人々全員が健二の声に身を強張らせた。

初めて、こんなにも怒った健二の声を聞いた。
初めて、こんなにも真剣な彼の怒声を聞いた。
初めて、いつもの柔和な彼の顔から優しげな雰囲気が消えたのを見た。

瞳を細め、眉を真ん中に寄せて、半分睨むような健二の表情。
その怒声を向けられた静夜はビクリと誰よりも体を震わせて、口をつぐんだ。


「…静夜」
「……っ」


名前を呼ばれただけで体を再度強張らせ、手をぎゅっと握る静夜。
その姿は、してはいけない事をして親に怒られる子供の姿を見ているようだ。
小さく震える彼女を見、健二はその顔から厳しい表情を消す。
そこにあるのはいつもの柔和で柔らかな彼。

一歩、鉄の音を鳴らしながら健二は静夜に近づいた。
また、一歩。さらに、一歩。またさらに、一歩。
重い鉄の音を響かせて彼はゆっくりと静夜へと近づいてゆく。
それに半分引きずられるような形でついてくる、翔太を連れて。


「まだ、この騒動を起こした犯人はしっかりと決まったわけじゃない。それに、理由はどうであれ世間を混乱させているのは僕のアバターだ。なりすましであろうと、乗っ取られたのであろうと、今それを証明するものは何一つない。だから、僕が犯人扱いされるのは仕方がないことなんだよ?もしかしたら、僕が気づかないうちに本当に僕がこの騒ぎを起こしてしまったのかもしれない…。だから、これは当然の事なんだ。わかって、静夜」


幼子に言い聞かせるかのように優しく、ゆっくりと言葉を紡ぐ健二。
その瞳はしっかりと彼女を見つめ、揺らぐことはない。
今そこにいるのは、夏希の後輩として、彼氏の代わりとしてきた彼ではなかった。
ただ一人の愛する妹の兄。小磯静夜の兄としての彼だった。

健二の言葉に小さく顔を俯かせる静夜。その口は弱弱しく噛みしめられている。
とうとう堪え切れなくなったのか、彼女の頬を透明な滴が一粒、伝う。
健二は困ったように眉を寄せ、徐にその涙を服の裾で優しく拭った。


「静夜…?」
「…でも、それでも…嫌だよ…」
「……。」
「一人は、嫌なの…」


駄々っ子のように健二の服を掴み彼の胸に顔をうずめる静夜。
次第に口から零れおちる嗚咽。彼女の肩は小さく揺れる。


「兄さんと一緒じゃなきゃ…嫌だよ…」




兄と妹
(ごめんね、静夜)
100825 執筆
160415 編集

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