気が付けば自然と手が動きキータッチ音が響いていた。あり得ない程速く、腕が動き――。
「あ…」
鈍い音とともに、仏像の左頬にメイヤの強烈な飛び蹴りが決まっていた。
▽▲▽
シン…とOZが静まりかえり、ぐらりと傾く仏像の体。
地に降りたったメイヤ本人も驚いたように瞳を見開き、よろける仏像を見つめる。
キング・カズマの攻撃をいとも簡単に防いだ奴だ。まさか自分のこんな簡単な攻撃が入るとは思いもよらなかった。
「だ、誰だあいつ」
「あの化け物に攻撃を入れたぞ」
ざわざわと騒ぎ始める野次馬をしり目に、ケンジとサクマは驚愕したように瞳を見開きメイヤを見つめる。横にいたダイチは、さも初めから分かっていたかのように普通の表情だ。
攻撃が入って当たり前だ、彼女の中身はあいつと同じなのだから。油断している敵ならばあいつはいとも簡単に攻撃を決める。
体と外見は違えど中身は同じ、多少攻撃力などは劣るがメイヤはあいつと同等の強さを持つ。
メイヤはその青い瞳でしっかりと仏像を見つめながら、声だけをケンジへと向けた。
「兄さん!早くキングを連れて離れたところに行って!」
「で、でもメイヤは!?」
「私はできるだけコイツの足止めをする!」
「そんな無茶だ!キングだって負けたんだよ!?無理にきまって――」
「いいから、早く行って!」
今まで聞いたことがないメイヤの真剣な声。その声にケンジはビクリと体を震わせ、キングの体に飛びつく。サクマもそれを手伝うようにキングの体を持ち上げた。
とたんに三人の姿がOZ内から消える。
一斉にログアウトボタンを押したのだろう。
メイヤはそれをちらりと見、安心したように笑う。と、次の瞬間に彼女の体は数m程飛んだ。
いつの間にか近づいていた仏像の蹴りがメイヤにヒットしたのだ。
「メイヤ!」
「だ、いじょうぶ…っ」
唯一残っていたダイチを安心させるようにひらひらと長い袖を振り笑うメイヤ。
今の一撃で彼女の服はところどころが破け、耳に傷が入る。やはりこの体ではこんな強い相手と戦うには不利だったらしい。
キングと戦っているのを見ていても強いとは思っていたが、あの仏像は予想以上の攻撃力と速さを兼ね備えていたようだ。
がくり、とダメージで一時的に動けなく小柄な体。それを仏像が逃すはずもなく。先ほど兎戦士を地に沈ませた連続コンボが彼女を襲う。
「がっ…うぁあ!」
兎戦士よりも簡単に小さな猫は地に伏せる。必死に体を動かそうとしているがダメージが大きすぎるのか痙攣したように震えるだけ。
「メイヤっ!」
「来ないでっ」
「でも、」
「いいから…コイツがどんな奴なのか、ダイチは兄さん達と調べる役目があるでしょ?」
「それは、お前も一緒だろ!」
「そうだね…」
小さくいつものように笑うメイヤ。もはや体を動かすのは諦めたらしい。大の字で倒れ、他の人には見えない限定チャット会話でメイヤはただ口だけを動かす。
と、先ほどキングにしたように仏像の背後のルーレットが眩い光を放ちながらゆっくりと回り始めた。それに呼応するようにメイヤの体が光り、ふわりと浮きあがる。
「メイヤ!」
「ごめん、体動かせないんだ。こうやってダイチと会話するのが精一杯」
はは、と空笑いを零しメイヤの体は仏像のもとへと引き寄せられる。
ダイチはそれを悔しそうに見つめるだけ。
本当は今すぐにでも彼女を助けに飛び出したかった。
だが、こんなちっぽけな自分に何ができる?
メイヤよりもあっけなく仏像に倒され、彼女の二の舞になってしまうだけだ。そうなってしまったら元も子もない。
「ダイチ…」
だんだんと仏像に引き寄せられてゆくメイヤが彼を呼ぶ。
「なんだよ」とぶっきらぼうに聞けば、彼女は小さく苦笑を浮かべた。
「あとの事、お願いね。私は、あっちの方じゃあまり動けないから…」
「…ああ」
それが最後のように力を失う彼女の体。それは、中身のあいつがこの子を失うことを認めた証拠。
ダイチは踵を返し、ただただ彼女を見つめる野次馬達の間を駆け抜けOZ世界から、消えた。
同時に仏像の背後で光るルーレットの絵柄に一つの絵柄が追加された。
それは、無邪気に笑う――白猫の姿。
白猫と子犬(初めて、自分が力を持っていたらどんなにいいだろうと)
(心の底から自身を恨んだ)
100820 執筆
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