「メイヤ…」
画面内で仏像の中に消えてしまった自分の分身。強制的にログイン画面に戻されたそこへ、再度彼女とリンクするための数字を打ち込むが表示されるのは“ログインエラー”の文字。
無機質に赤字で表示されるそれを見つめ、静夜はゆっくりと瞳を閉じた。
「…ごめんね」
▽▲▽
太陽が昇り、縁側に温かな日の光が差し込む。
寝巻のままじっと動かない静夜。前髪で彼女の本当の表情は窺うことはできないが、その唇は少々きつく閉じられていた。
そんな彼女のパソコンが不意に小さなモニターを表示する。それは誰かから連絡がきた証拠。対外連絡してくる人物は決まっていた。なんせ、自分の連絡先を教えているのは兄と先輩、そして――。
「おい、聞こえてるか?静夜」
「大地…」
彼だけなのだから。呼べば「よお」と返事が返ってくる。
夏休みに入る前に会った以来の彼はまったく変わっていなかった。鋭いながらも優しさを秘めた切れ長で漆黒の瞳。ワックスでツンツンに立っているブラウンの髪。
画面越しに見える彼の部屋は整っており、脇に積んであるバックなどの様子からすると近々どこかへ行くのだろうか。
「ったく、なんだよそのしけた面。メイヤの事気にしてんのか?あいつを操ったのはお前だろ。最初からああなるって少しはわかってたんじゃねぇのか?」
「…わかってたよ。あんな奴に勝てやしないって。でも、キングがアイツに取り込まれそうになった時、手が勝手に動いたんだ。なんでなのか、私にもわからない」
「……。」
さわやかな風が彼女の髪を揺らし、悔しそうな、それでいてどこか不思議そうに揺れる青い瞳が見え隠れする。
モニター画面越しに大地はそんな静夜を静かに見つめ、次の言葉を紡ごうか否か悩むように小さく口を開閉していた。だが、彼の性分から耐えきれなくなったらしく、やがて彼の口は開かれた。
「しんきくせーな!おい!俺がこんな空気苦手なのお前が一番知ってるだろ?まぁ、お前がこういう空気を作りだすのが一番得意ってのも俺が一番知ってるけどよ。そろそろその空気しまえ!アホ!」
「あ、アホって…」
「なっちまったもんはしかたねぇ!勝手に動いたもんはしかたねぇ!お前はあの時自分の心の動くままに動いた!ただそれだけでいいじゃねーか」
「大地」
「多分お前は自分が気がつかない間にキングを助けようと思った。それでメイヤを動かした。ただそれだけだ!」
「私が、キングを…?」
静夜が首を傾げれば大地は口で弧を描く。
「ああ。わかんないって言ってたけどさ、お前も少しは思ったんじゃねぇの?“キングを助けたい”って」
「……。」
大地の問いかけに静夜はゆっくりとうなずく。それを見た大地は満足そうにほほ笑んだ。
「なら、それでいいじゃねぇか。そうだろ?静夜」
優しいアルトの声が耳をくすぐる。鋭い瞳を和らげに細め、モニターの中の大地は柔らかく柔らかく笑っていた。
静夜はそんな彼に、「うん」と小さくほほ笑み返した。
▽▲▽
閉ざした納戸の扉に寄りかかり、健二は大きく息を吐いた。コードレスフォンを手に、ホッと胸をなでおろす。
「危なかったね…」
扉の向こうから「開けろユカイハーン」「ゲームやらせろー」という子供二人の声がくぐもって響く。二人とも言うことを聞かないため、強制的に扉の外へと追い出されたのだ。
扉の外は騒がしくとも、納戸の中は嫌に静かだった。
「あのままだったら君のアカウントも取られるところだった」
「……。」
佳主馬は、何も答えなかった。一瞬健二の事を一瞥し、またパソコンへと向き直って背を丸めてしまう。
キーボードに乗った手が微かに震えているのが見えた。そんな佳主馬を見て健二も唇を噛みしめる。
結局あと一歩のところまで犯人を追いつめたのに返り討ちにあってしまった。
健二は困惑するだけで何もできず、頼みの綱であったOZチャンピオンキング・カズマも完膚なきまでに叩きのめされチャンプの座まで奪われてしまったのだ。
そして、一番気になるのはメイヤがあの後どうなったかだ。自分たちを助けるために彼女はあの化け物じみた仏像に向かっていった。
何度か連絡を取ろうと試みても見たが一向に通じない。もしかして、彼女は――。健二の頭に最悪な結果が浮き上がる。
(もしかしてメイヤ、取り込まれちゃった、のかな)
敗北感に打ちのめされる少年と不安に押しつぶされそうな少年の耳には、蝉の声が五月蝿いくらいに響いていた。
▽▲▽
一方、昨晩健二達が夕飯を食べた部屋では健二、静夜、佳主馬、そして侘助を除いた陣内家全員の動きが止まっていた。
ある者は、口にそうめんを入れようとしている状態で。
ある者は、醤油を渡そうとしている状態で。
ある者は、おかずに手をだそうとしている状態で。
そしてその全員が目の前で淡々と状況を説明するTVを凝視していた。そこに映っていたのは未だに続くOZの混乱の報道。
当たり前のようにそこに映し出されるのは犯人と思われる少年の姿で…。
「この顔、どこかで…見たことない?」
朝からばっちり厚化粧の直美がたくあんをつまんで食べる。
庭から甲高いブレーキ音が響いた。食卓を囲む一同がそちらへと視線を向ける。
市役所勤めの理香が自転車で庭に乗り込んできていた。
「夏希!アンタこれどーいうことよ!」
「はい?」
さらに――。
「夏希!今すぐアイツと別れろ!!」
理香に続いて警官姿の翔太が居間に現れる。息を切らせて夏希を睨む青年の手には一枚の紙が握られていた。そこには黒い棒線が付いていない指名手配犯の顔がばっちりと映っている。もちろんそこに映っているのは、彼女が自分の彼氏だと言って連れてきた少年。
「今役所のOZで内緒で住民基本データ検索したんだけど、旧家の出なんて嘘!ただのサラリーマンの息子じゃない!しかも高校生よ!年下よ!!」
太い住民票らしきものを何度も叩きまくしたてる理香。彼女の思いがけない言葉に周りの人間が驚きの声を上げる。
「今、交番にファックスでこれが!指名手配犯だぞ!今すぐアイツと別れろ!!」
それに追い打ちをかけるかのように翔太もまた、手に持った紙をみんなに見えるように掲げながら声を荒げる。
驚愕の声があちらこちらから聞こえ、最終的に自分へと向けられた複数の視線を受け夏希はただただ空笑いをあげるしかなかった。
指名手配犯(健二君、逃げて…)
100824 執筆
151213 編集
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