広がる青空の下で | ナノ
OMCルールで健二に勝機があるはずがなかった。なんといっても長年ランキングでぶっちぎりのどん底にいるのだ。
必死に指を動かし、操作するが画面の中のアバターは思ったように動いてくれない。ただじわじわと自分のアバターが攻撃を受けていく姿を見るだけだ。


「なにやってんの!貸して!!」
「え…?」


うろたえる健二、その隣にいた少年が突如健二からパソコンを奪い取った。即座に健二のアバターをログアウトさせ、新たなアバターをOZへと解き放つ。画面に現れた見覚えのあるアバターを見て健二は瞳を見開き、少年を見た。


「そのアバター!きみ、もしかして…」
「君じゃない。僕は、池沢佳主馬って言うんだ!」


ずれ落ちそうになったランニングの紐を直し、少年――池沢佳主馬は声を張り上げた。




▽▲▽




OZ全体に爆音のような歓声がいたるところから響き渡った。野次馬のアバターたちのフキダシがOZの空を埋め尽くす。「キターー!」という文字があらゆる世界言語に翻訳されいたるところに並ぶ。


「キング・カズマ!?」
「マジで!?本物かよ!!」


驚愕の声を上げるサクマに歓喜の声を上げるダイチ。そんな二人の横でメイヤは一言も発さず、ただ静かに兎戦士を見つめる。

各々がそれぞれの反応を示す中、真っ直ぐに立った兎戦士は偽ケンジへと鋭い視線を向けた。
飛ばされた建物からよろけながら顔をだした偽ケンジは未だに口を歪ませながら笑い続けている。まるでダメージなど感じていないようなその顔に鋭くなる兎戦士の瞳。
サクマやダイチ、メイヤが偽ケンジを見る中、彼は突然体を低くさせ飛んで逃げようとするも――。


「逃がすかっ」


素早く接近した兎戦士が、その小さな足を掴み思いきり地面へと叩きつける。受身を取れない偽ケンジ、OZを混乱に陥れた真犯人もバトルの腕は一般並みのようだ。


「シシッ」


耳障りな機械的な笑い声が小さく聞こえる。偽ケンジが立ち上がるよりも早く、兎戦士は次の攻撃へとうつっていた。
立ち上がった偽ケンジの横顔に綺麗に蹴りを決め、今度は真横へと吹っ飛ばす。
それでも尚逃げ出そうとする偽ケンジ。それを兎戦士は許さず、素早く後ろに回りこみ彼の首を掴んで身動きを封じた。


「よし!捕まえた!」


サクマの嬉しそうな声が聞こえる。兎戦士に捕らえられ弱りきった偽ケンジを見て、その光景を見た誰もが勝利を確信した。その時――。




▽▲▽




「す、すごい……捕まえた」


目の前に座る少年のキーボードさばきを見て健二は呆然としていた。
同じ人間とは思えないほどの速度。大げさに言ってしまえは残像すらも見えてしまうほどの早さだった。恐らく健二が携帯のボタンを一つ押している間に少年――佳主馬はパソコンのキーを十回は押せるだろう。


「雑魚だよこんなの」


捕まえた偽ケンジを兎戦士で抑えたままに、佳主馬は一口麦茶を飲む。その仕草には余裕すらも見え、改めてこの少年があのキング・カズマなのだと実感させられた。


「で、捕まえたはいいけど、どうするの?コイツ」
「えっと、とりあえず動けないようにして運営の人に引渡――」
「ああ!いたぞ!!」


健二の言葉は突然聞こえてきた声によって最後まで言い切られることはなかった。
反射的に視線を向ければ、そこには開かれた納戸の入り口に真悟が立っていた。


「ええ?どこー?」


少し遅れながら続いて祐平も姿を表す。健二の頬を冷や汗が伝った。


(まさか…)


そのまさかだった。真悟と祐平は健二を見ると「ユカイハーン!」「タイホだタイホー!」といいながら納戸の中に押し入ってきたのだ。
やんちゃな男の子二人が健二にタックルする。情けない叫び声をあげて倒れる健二。その巻き添えで佳主馬も体勢を崩し、彼の手はキーボードから離れてしまう。


「しまっ――」


佳主馬が慌てて画面を見たときには時既に遅く、兎戦士の腕が緩んだ一瞬を見逃さず、偽ケンジは彼の腕からするりと逃げ出していた。
慌てて兎戦士を操作して追いかけるが、今度は彼の足でも間に合わなかった。
逃げ出した偽ケンジは近くに集まっていた野次馬アバター達に近寄りその一匹を掴む。そしてそのギザギザの大きな口を開けたかと思うと――。


「え…?」
「あ、アバターを、食べた…」




▽▲▽




先ほどまでキング・カズマに対する歓声で包まれていたOZが、一転、飛び交う悲鳴に埋め尽くされた。
兎戦士から逃げ出した偽ケンジは一匹、また一匹と逃げ惑うアバター達を徐に掴み、食べる。
その光景を見て、近くにあった電話の子機から再度ログインしたケンジは勿論、歴戦の英雄であるキング・カズマも呆然と固まった。
それはサクマやダイチ、メイヤも一緒だった。メイヤは思わず固まってしまったダイチを抱え、サクマと共に偽ケンジからそれなりの距離をとってその行動を見つめている。
野次馬も皆偽ケンジから必死に逃げる。周りに獲物がいなくなると、偽ケンジはゆっくりとキング・カズマへと向きなおる。


「!」


突如偽ケンジの背後に光り輝く円盤が現れた。それは仏像などの神々しさを表す光のようでありルーレット盤のようでもあった。そこには今まで偽ケンジが食べたアバター達の顔がある。その中には元健二のアバターであるケンジの顔もあった。


「えっ…!?」
「なっ…!?」


ケンジとカズマの声が重なり、メイヤとダイチが息を飲む。突然、偽ケンジの体が変化したのだ。まるでブロックを組み替えるかのように分解され、再構築される。


「形が…」
「変わった…?」


ケンジ、カズマ、サクマ、ダイチ、メイヤ、そして野次馬たちがそれを凝視する中、偽ケンジの姿を脱ぎ捨てた新たなアバターがゆっくりと顔を上げた。
 それは、仁王のごとき凛々しい体に袈裟をまとった、パステルカラー色の――仏像。




新たな姿
(…なんだ、コイツ)
100809 執筆
151213 編集

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