佐久間の叱咤も少年の関心した声も今の彼の耳には届かなかった。
今はただ、自分自身が招いてしまったこの大惨事をどうすればいいのだろう、そんな疑問しか浮ばなかった。
知らなかった、で許されるのだろうか?ごめんなさい、で許されるのだろうか?
今の健二には分からなかった。もう頭がぐちゃぐちゃでパンクしそうだった。できることなら、今すぐにここから逃げ出したい。でも、それはできない。この事態は自分が招いてしまったのだ。
口をきつく結んだ彼の脳裏に浮んだのは、今にも泣き出しそうな――静夜の顔だった。
▽▲▽
『とりあえず仮アカウント取っておいた。詳しいことがわかるまでそれ使っとけ』
「う、うん」
こういうとき、佐久間はなんて手際がいいんだろうかと改めて関心した。
数分して携帯へと送られてきた一通のメール。その中には新しいパスワードとアカウントが記されていた。健二はそれを見つつ、パソコンへと指を走らせる。キータッチ音が心なしか大きくなる。
今度は成功したパスワード認証、ポコンという音と共に健二の新しいアバターが姿を現した。
「…これが、僕?」
▽▲▽
一匹のアバターがOZへと姿を現した。
「やっときたか、ケンジ」
猿の頭をドット絵化したような佐久間のアバター――サクマが言った。
そのサクマの前に降り立ったアバター――ケンジ。
リスをデフォルメした頭の大きなアバターだ。どんぐりの絵が描かれた白いTシャツを着ている。つぶらな瞳と小さな前歯を生やした顔は間が抜けていて、いかにもやっつけ仕事によるデザインである。
「これが、僕?なんか…」
「贅沢言うな!急いで作ったんだからしかたないだろ、我慢しろ。ほら、犯人は中心部だ。いくぞ!」
「う、うん」
若干戸惑いつつ先に中心部へと向かうサクマに続くケンジ。
中心部に行く途中辺りを見回してみたりもしたが、どこもかしこもメチャクチャになっていた。むしろ現状はテレビで報道された時よりも悪化しているようにすら見える。
「先輩!」
「サクマ先輩!」
「お、ダイチにメイヤ」
二人に声をかけてきたのは大地のアバター――ダイチと静夜のアバター――メイヤ。
どうやら二人もOZに来ていたようだ。サクマ達の前に着くとメイヤは抱えていたダイチを空間の中に降ろす。
「お久しぶりです先輩」
「ああ、夏休み前以来だな」
「サクマ先輩、兄さんは一緒じゃないんですか?」
いつもサクマと一緒に行動しているはずのケンジの姿がないのを不思議に思ったらしいメイヤが首を傾げる。一緒にいない、わけではないのだ。ただ、ケンジは今、違う姿でサクマと一緒にいる。だが、メイヤは当たり前ながらそれに気づけない。
サクマは少し苦笑いして自分の後ろに必死に隠れようとしているリスを二人の前に押し出した。
「これ、ケンジ」
「…は!?」
「兄さん!?」
見事な驚愕リアクションだ。サクマは面白そうに笑った。一方のケンジはメイヤの方を心配そうに見ている。
恐らく二人も何かしらの方法であの報道を見ているに違いない。他の人にはいくら犯人呼ばわりされてもいいが、実の妹に犯人呼ばわりされるのはかなりきついものがある。
そんなケンジの心情を察したのか、メイヤはケンジに向かっていつも通りの笑みを向けた。
「大丈夫だよ」
「え…」
「私は兄さんを信じてるから。兄さんは犯人じゃない、そうでしょ?」
「メイヤ…」
「安心して、兄さん。私が本当の犯人捕まえて、絶対に兄さんの無実を証明してあげる!」
「俺もです!情報科志望の腕、見せてやりますよ!!」
メイヤに続き、一蹴りで彼女の頭へと飛び乗ったダイチも言う。
心強い二人の言葉にケンジの顔も先ほどよりも明るくなった。
「じゃぁその犯人とっつかまえに行くか」
「うん!」
「はい!」
「うっす!」
中央タワーに近づくと、大勢のアバターたちが列をなしているのが見えた。メイヤと彼女の頭にくっついているダイチ、その横を飛ぶサクマとケンジは何事かと首を傾げる。
「……?何の列だろう」
「あっちまで続いてるよ?」
メイヤが指差す方向には、軍隊の列のようにアバター達が並んでいるのが見える。その列を辿ってゆくとガラクタの山があった。
そこには沢山の仮想都市の一部だった建物などが積み上げられ、頂点には見覚えのある輪郭が佇んでいる。頂点の上に佇んでいる輪郭は丸い耳のアバターだった。
星マークのついたマントを羽織り、魔法使いよろしくその両手を大勢のアバター達に振りかざしている。それを見たメイヤ達は互いに頷きあい、ケンジがおずおずと一歩前にでる。
「あ、あの…!」
ケンジの声に反応してそのアバターはクルリと振り返る。思ったとおり、それはケンジがかつて使っていたアバターだった。OZを大混乱に陥れた張本人は身を隠す気は微塵もないらしい。
「あの、僕のアバターを使ってイタズラするのは、やめてください…!」
「…シシシッ」
まるでケンジの言葉を嘲笑うかのようにギザギザの歯をむき出しにして笑う“偽”ケンジ。
自分の扱っていたアバターがギザギザの歯をむき出しにして笑う様は酷く気持ちが悪かった。ケンジはすがる思いで、周囲を包囲しているアバター達に声をかける。
「あ、あの、コイツは僕の偽者なんです!アカウントを乗っ取られて、勝手にアバターを使われているんです!コイツは一体、だれなんですか……!」
叫んだ次の瞬間、ケンジのアバターはぎょっとした表情になった。それは現実世界でケンジを操っている健二が息を飲んだのを感知したからだろう。
アバターは操作する人間の音声から感情を読み取り、アバターに反映する機能を備えている。
「これ、は…」
「お、おいおい…マジかよ」
「っ…」
「コイツは、やばくないっすか?」
周囲に浮んでいたアバター達が一斉にケンジに向き直ったのだ。そして偽ケンジと同じようにギザギザの歯をむき出しにして、「シシシッ」と機械的な笑い声を大合唱する。
流石のサクマやダイチ、メイヤもその恐ろしさに息を飲み、操り主の声から読み取れる感情からメイヤとダイチの尻尾は縮こまった。
流石にイタズラもここまでくれば、手が込みすぎている。
「こ、こんなことしてなにが楽しいんだよ!ネットの中だからって何でも許されると思ったら、大間違いだ!!」
全身を襲う恐怖を振り払い、ケンジは力の限りに叫んだ。
偽ケンジはゆっくりとケンジを見ると、突然体を傾けケンジに向かって傾けた。そしてそのままマントを翻しケンジへと猛然と突っ込んでくる。
「へ?…ええ?!」
「兄さん!逃げて!!」
メイヤの声も虚しく、慌てるケンジに偽ケンジが迫る。
ギザギザの歯をむき出しにして笑う、その笑みを崩さずに大きく左腕を振りかぶり――。
「ぶおっ!」
「兄さんっ!!」
「バトルモード!?エリア限定のはずなのに、どうして!」
強烈な左ストレートがケンジの顔面に綺麗に決まった。リス顔が大きくへこみ、ケンジの体は遥か後方へと吹っ飛ばされる。
更に追い打ちをかけるように、偽ケンジはケンジを追いかけ攻撃を繰り出していく。
「はう!うう…っ」
浮島の一つに叩きつけられ、呻くケンジ。こうも連続で攻撃を受けたのでは操作がきかなくなるようだ。そんな彼の横にサクマが降り立つ。
「気をつけろケンジ、OZ全域のエリア情報がかき換えられてる!全エリアでアバターに対する当たり判定が許可されちまってるんだ!!」
「も、もう少し分かりやすく言うと…?」
ピクピクと弱弱しく動くケンジの鼻から鼻血が滴り落ちる。絆創膏や鼻血などの効果がアバターに適用されるのは、普段のOZではありえないことだ。
「OZの全区域が格闘フィールドになってるってこと!ダメージ受けすぎるとアバター動かせなくなるぞ!!」
「先輩!逃げてください!!」
ダイチとサクマが叫ぶ。だが逃げ出そうとするケンジよりも早く、偽ケンジがケンジに飛び掛った。大きく飛び上がり、ケンジの顔に着地する。
「あう!うう!…や、やめっ…おぶっ」
まるでトランポリンで遊ぶかのように飛び跳ねる偽ケンジ。変わらずに口元を歪ませ、何度も何度も飛び跳ねる。
「兄さん!!」
「先輩!」
と、不意に今まで偽ケンジのトランポリン代わりにされていたケンジの姿が消えた。
突然消えたケンジに驚き辺りを見回す偽ケンジ。その偽ケンジの体がいきなり横に吹っ飛んだ。
巻き上がる電子の煙。その煙に一つのシルエットが浮かび上がる。
「え…」
「こ、これって…」
「まさか、あれは」
煙が晴れたとき見えてきたのは、真っ直ぐに立った特長的な耳、ツンとでた鼻。鋭い赤の瞳に、腰に巻きつけられた王者の証であるチャンピオンベルト。
その場に集まっていたアバターやメイヤやダイチ、サクマまでが息をのむ。
皆が見つめるその先には、王者――キング・カズマがいた。
偽ケンジ(キング!?)
(マジ…?)
100806 執筆
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