広がる青空の下で | ナノ
 夏特有の日差しがじりじりと肌を焼く。まるで健二を嘲笑うかのように高々と鳴く蝉の声。
 ドタドタと荒々しい足音を立てながら健二は携帯を片手に縁側を歩いていた。その顔には暑さのせいではない汗が流れている。


「どうしたらいいんだ…」


 慣れた手つきでOZのパスワード認証画面をその携帯画面いっぱいに表示させる。若干震える手を抑えながらパスワードを押してゆくが、何故かOZにログインすることができなかった。


「な、なんで?」


 自分でもなさけないほどの声が出た。
 だが、ここでくじけてはいけない。ブンブンと首を数回振って健二は再度パスワードを打ち込む、だがやはりログインできない。
 頭上で聞こえる蝉の声が一層高まったような気がした。
 もしかしたらこの携帯が壊れているだけかもしれない。そうだ、そうなんだ。と自分自身に言い聞かせ健二は再度思考をめぐらせた。


「せめて、パソコンがあれば…」


 ふと頭に浮ぶのは初めてこの家に来たときに見かけた一つの部屋に置かれたパソコンと自分の妹が所持していたパソコン。


(でも確か、静夜は僕が起きたときにはもういなかった)


 きっとどこか人がいないような場所にいるんだと思うが今は彼女を探している時間はない。ついでに、彼女は常にパソコンを持ち歩く癖がある。だとすれば静夜にパソコンを借りるということはできそうにない。
 そうすれば残される選択は一つ。


「確か、ここをいったところだったような――あっ!」


 足を速めて台所を通過したところで目的の部屋をなんとか見つけ出すことができた。
屋敷の奥にひっそりとある納戸。そこから微かにPC特有の蛍光色の光が漏れている。少しだけ開かれていた納戸の扉を勢い良く開くと、そこには昨日静夜と一緒にいた少年が座り込んでいた。
 そしてその少年の手元には求めていたパソコンがある。


「あのさ!パソコン貸してくれないかな!」


 あがってしまった息を整えつつ半分叫ぶように言えば、少年は前髪に隠されていない方の目で健二を見た。


「…これ、お兄さんがやったの?」


 少年が少しだけ体をずらし、健二にもパソコンの画面が見えるようにする。そこには先ほどの続きであろう特別報道番組が流れていた。


「うっ…ち、違うんだ。とにかく、お願いだからそれ使わせて!」
「言い方がダメ。もっと取引先に言うみたいに言って」
「……へ?」


 まさか年下の少年にそんなことを言われるとは。焦る気持ちを押さえ、健二は少年に向かって正座し、深々と頭を下げた。


「すみませんが、パソコンを貸していただけないでしょうか」
「……。」

 少年が無言で体をパソコンの前からずらす。どうやら了解がもらえたようなので「ありがとう」といってパソコンの前に座った。横から小さく「壊さないでよ」と少年が言ったのが聞こえた。


「良いノートパソコンだね」
「スポンサーからの賞品」


 なんとなく口にしたお世辞に少年がそっけなく答える。
 賞品?ということはなにかの懸賞で当てたものなんだろうか、と頭をかしげつつ健二はキーをタッチしていった。何度も試してみたがやはり結果は携帯のときと同じでログインすることはできなかった。


「っ…」
「なに焦ってんの?」


 冷静な少年の声が聞こえる。横を見れば少年は置いてあった麦茶を優雅に飲んでいる。


「やっぱりお兄さんが犯人?」
「ち、違うよ!誰かにアカウントが乗っ取られたみたなんだ」
「なんだ、なりすましか。OZのパス破るなんてすごいスキルだと思ったのに…」


 ガッカリしたように少年が肩を落とす。


「ダメだ、ログインできない」
「サポートセンターに連絡」
「う、うん」


 自分よりも年下の少年の方が的確に指示を出してゆく。健二はそれに従って携帯の番号をプッシュした。
 ――しかし聞こえてきたのは“認証パスワードが異なっているためお客様のOZアカウントを利用できません”という自動アナウンス。


「か、かか、かからない!かからないよっ!」
「落ち着きなよ」


 焦る健二に少しだけ威圧感を込めた少年の声がかかる。健二は小さく頷いて深呼吸をした。次第に早く脈打っていた心拍が納まっていくのを感じる。
 ここは他の部屋から離れているせいか、機械音が聞こえてくる以外はとても静かだ。健二はゆっくりと息を吸い、そしてはく。
 それを何回も繰り返し、「よし」と気合を入れたところで健二の携帯が震えた。


「うわぁっ!!」
「……。」


 飛び上がる健二を少年の呆れた視線が捕らえる。
 連絡先の相手を見れば佐久間だった。慌てて通話モードにすれば、佐久間は第一声から健二にくってかかる。


『健二!なんだよコレ!お前なんて事してんだ!!』
「ぼぼぼ、僕じゃないよ!僕がこんなことするわけないだろ!!」
『…まあ、そうだよな。こんなことする動機も度胸もないもんな』


 あっという間に落ち着いた声に戻った佐久間。そうだと思っているのならば、何故第一声で叫んだのだろうか、今このような緊急事態ではなければ全力で問いただしたいところだ。
 佐久間のあまりの切り替えの早さに健二は思わず脱力する。


「わかっているなら、何とかしてよ…」
『無理。管理塔に入るためのパスワードが書き換えられてて入れない』
「そんな!OZのセキュリティシステムは世界一じゃなかったの!?」
『そう、それなんだ』
「そのOZの世界一高度なセキュリティシステムが裏目に出たんだ」


 真剣な佐久間の声、それに続くように少年が言葉を紡ぐ。


『昨日、OZ中にへんなメールがばらまかれたのを知ってるか?』
「変なメール?」
『2056桁の暗号さ』
「2056桁?それとこのOZの混乱になんの関係が?」
『あれ、関係者しか知らないけれど…OZの管理センターの認証パスワードなんだ。俺もバイトの先輩から聞いて初めて知ったんだけどさ。そいつをたった一晩で解いちまったやつがいるらしい』
「バカ言うなよ。2056桁なんて、そんな簡単に――」


 言いかけて健二は微かに瞳を見開く。彼の脳裏には昨晩に送られてきた変なメールが浮かび上がった。


「そのメールの最初の数字は?」
『8』
「だ、題名って…」
『Solve Me』
「Solve Me」


 またもや佐久間と少年の声が重なる。
 それを聞いた健二の顔は一気に青ざめた。


「…それ…ぼ。僕が解きました…」
『は?』




2056桁の暗号
(なにかの問題だと思って、つい…)
(このバカ!数学バカ!!)
100804 執筆
151212 編集

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