青年――小磯健二は困っていてた。今まで彼が生きてきた中でも覚えがないほどに、彼は困り、焦っていた。
「なんで…っ」
その彼が見つめる視線の先にあるのは一台のテレビ。そこには先ほどメイヤが見ていた無残なOZの光景が映し出され、その横には犯人と思われる人物の顔写真が映し出されていた。
そして、そこに写っているその人物は…。
「なんで、僕が写ってるんだ…」
小磯健二は、焦っていた。
▽▲▽
健二が起きたのはこれを見る数分前のことだった。昨晩自分の元に届いた謎のメール。一般人にはただの数字の羅列にしか見えない擬似乱数と呼ばれるその数字の問題。それを解いていたことにより満足な睡眠がとれず、未だに意識は半分夢の中だ。
「見ろ!やっぱり、こいつだ!」
「はっ!間違いありません。こいつです」
朝っぱらから過激な起こし方で健二を起床させ、それどころか寝惚ける自分の両手を掴み恐らく客室の一角であろう場所に連れてきた真悟と祐平の間で交わされる会話に健二は何のことかと頭をひねる。
「ふぁ…こいつって僕のこと?一体、なにが――」
そんな健二に痺れを切らしたのか、二人は健二を電源が着いているテレビの真正面へと強引に引っ張った。そして「ん」とテレビ画面を小さな手で指差す。その手の先を追ってテレビを見た健二は愕然とした。思わず口は欠伸をしたままの状態でポカンと開きっぱなしになる。
「え…」
テレビ画面には、特別番組と銘打ちある少年の顔写真がドアップで映し出されていた。ぼさぼさの髪、締りのない笑顔。制服の白いシャツを着た少年は、誰が見ても冴えない高校生という印象を抱かせるだろう。目元を黒いラインで隠してはいるが、そんなのは意味がない。この少年が誰なのかは、健二には一目瞭然だった。
「これ…ボク?」
少年の顔写真の下には『OZ大混乱!犯人は高校生の少年か!?』という見出しがでかでかと表示されていた。
▽▲▽
報道番組ではアナウンサーとコメンテーター達が真顔で語り合っていた。
『驚くべき事に、この犯人はOZの管理センターに不正にアクセスを行い、次々とシステムデータの書き換えを行っているとのことです。明け方から行われたこの犯行は現在も続き、OZは重大な混乱に陥っております』
一人のアナウンサーが話し終わると同時に映像が移り変わり、“今朝のOZの様子”と題打ち、仮想都市OZの様子が映し出された。
そこに映ったのは今朝メイヤたちが見たときと同じOZの変わり果てた姿。
中央タワーにある猫頭――管理センターにはヒゲやメガネ、アホだのバカだの小学生レベルの落書きが施され、その周りの建物も同様の状況になっている。ボール型の独立空間がひしめいていたコミニティエリアでは遊園地のコーヒーカップよろしく激しく回転しているため、どのアバターも近づくことができない。そのアバター達が語り合う吹き出しも文字化けだらけになっていた。
『レベルの低い悪戯だが、モノがモノだけに悪質だね。目立ちたがりの愉快犯の仕業だろうけれど、影響は世界中に渡るでしょう』
これは確かにモノはモノだ。だが自分は愉快犯でもないし、こんなことをした覚えもない。
顔を青くしてゆく健二の後ろでは、真悟と祐平が「ユカイハンってなにー?」「ユカイなんじゃね」などと笑いあっている。
『不具合がまだ一部とはいえ、OZの普及率は携帯電話と同じくらいですからね。悪戯程度ではすまされません。私も朝からメールが使えなくて困っているんですよ』
『今やOZを利用していない人間のほうが少ないでしょう』
語り合いが続く中、混乱したOZを映し出す映像は尚も続く。
ショッピング街、ビジネスエリア、自治体が管理する浮島エリア、どれもこれも低レベルな落書きや文字化け、不安定な動作に支配されていた。
まさに一種の地獄絵図とでもいえるだろうか。健二の頬を一滴の汗が伝う。後ろでは尚も真悟と祐平が「ユカハーン」などとはしゃいでいるが今の健二には関係がなかった。彼は今、このテレビから視線を外すことができなかったからだ。
今自分の目の前にある現実は、あまりにも自分が今まで経験してきた日常からはかけ離れた非日常。もししやこれは夢ではないか?という錯覚にすら陥りそうになる。
『貿易や公的手続きにOZを導入している機関も多いんだ。それもこれもOZのセキュリティシステムは世界で最も堅固であると謳われてきたからだが…』
『それが犯人によって破られたと?』
『本来、そういった重要なシステム部分は高レベルの暗号で守られていて、解読は困難です。にわかには信じられませんが、こうして実際にシステムが乗っ取られているわけで』
『では、実際に映像を見てみましょうか。こちらが管理センターに侵入し、ハッキングを行ったと思われるアバターです。管理部門の技術者によって撮影された映像です』
映し出されたのは見覚えがある、いや、見覚えがありすぎる丸い耳のアバターの姿だった。
「ああ…」
その映像の中でゆっくりと振り返ったソイツは、紛れもない健二のアバター“ケンジ”――ただ若干改造が加えられているようだが。丸い耳はそのままだが、同様に丸かったはずの目が狐のように切れ長になっている。だが、このアバターは間違いなく。
「僕のアバターだ…」
あの丸い耳はある懸賞で当たったレアアイテムだ。健二以外の利用者であのアイテムを使っている人間はいない。
「あら、変ねぇ」
「っ!」
どこから間の抜けた声で万里子が客室の前の廊下へと姿を表し健二の体は兎のように飛び跳ねた。そんな健二に気がつかず、万里子は手に握られているものをずっと見つめて首をかしげている。その手に握られているのは一つの電話の子機だ。どうやらどこかに電話をかけようとしているらしい。
いつもならばここで挨拶をするべきなのだろうが、今此方を見られては非常にまずい。健二はとっさに真悟の手からリモコンを奪い取りテレビを消した。
「あ!おい!」
それに怒った真悟がリモコンを健二の手から更に奪い取り再度テレビをつける。また報道されはじめるテレビニュースに健二の顔は更に血の気をなくしていった。
「だ、だめ!」
「あー!」
「返せよ!」
「だから、駄目ったら駄目で…あ!」
「ふん」
「へへーん」
「か、返して!」
「やーだよ!」
「あははは!」
「か、返して!返してってば!!」
消して、つけて、消して、つけて。そんないたちごっこのようなことが続く。最終的にはリモコンを諦め、画面に張り付き「ぼ、僕じゃない。僕じゃないんだ」と言ってもテレビの中のアナウンサーは容赦なく現状説明を続ける。
「ど、どうしたら…あ!」
狽える健二の視線に不意にあるものが映る。健二は目に付いたそれを一気に引っ張ると、台所に出現する黒いGよろしく俊敏な動きで客室を逃げ出した。残されたのは画面の消えたテレビとリモコンを弄る真悟と祐平。
「あれ?」
「おかしいな、テレビつかねーぞ」
小さな指がリモコンを弄るそのわきには、引き抜かれたコードが力なく横たわっていた。
犯人は僕じゃない!(どうすれば、どうすればいいんだ!?)
100804 執筆
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