広がる青空の下で | ナノ
田舎の夜は消灯が早いと聞いた事はあった。だが実際に、こうも早くあちらこちらの電気が消えると、改めて都会とは違う場所に来たんだということを実感させられる。


(まさか兄さん以外の人の前で泣いてしまうとは…)


兄のいる部屋まで戻る途中、数分前まで自分がしていたことを思い出し改めて赤面する。

あの時、自分の背負っているものを少しのやり取りだけで見抜き、受け止めてくれた栄さん。その暖かい温もりと言葉に慣れていなくて、溢れ出てくる感情を上手くコントロールできずにその胸で泣いてしまった自分。
気がついたときには時既に遅く、慌てて離れた私を見つめる栄さんは優しく、そして、少しだけ嬉しそうに笑っていた。




▽▲▽




「静夜?」
「っ!…佳主馬、君」


いつの間にか先ほどまで夕飯を食べていた縁側の近くまで戻って来ていたらしい。ぼんやりと歩いていた静夜を見つけ、声をかけたのは佳主馬だった。
先ほどと変わらぬスポーツブランドのロゴが入ったタンクトップに膝丈までの短パン。その額には汗を浮かべ若干肩で息をしている。何か運動でもしていたのだろうか。


「なんだ、佳主馬の知り合いか?」


野太い声が横からかけられる。此方を見ている佳主馬の横を見ればランニング姿の男性が一人。一本の酒瓶を持ち、興味深そうに此方を見つめていた。
そんな彼に静夜は慌てて小さくペコリとお辞儀をする。


「夏希姉の恋人のお兄さんの妹だよ、師匠」
「おお!あの青年の妹か!!」


ガハハと豪快に笑う佳主馬より師匠と呼ばれた男性――万助。そのあまりの豪快な笑いにに静夜は一瞬ビクリと肩を震わせた。


「あの後大丈夫だった?静夜」
「…うん」
「そっか」


彼女の答えに一瞬だけ安堵の表情を浮かべ佳主馬は万助に向き直る。その表情は真剣で、その横顔を初めて見た女子ならば一目惚れしてしまいそうなほどの凛々しさを兼ね備えていた。静夜はそんな佳主馬と万助の様子を少々興味深げに遠くから見つめる。


「師匠、続きお願いします」
「おう」


そんな短いやり取りが交わされたあと、佳主馬はゆっくりと何かの格闘技のような動きを始める。
ヒュッと空を切る鋭い音が響く。突き出されるその突きと蹴りは鋭く、佳主馬の顔には気迫が満ちていた。


(少林寺拳法…)


自身の師匠から聞いたことがある。静夜がやっている空手に似ているがまったく違う武道。それならばあの時の自分の手を持っていたときに発揮された力強さに納得がいく。
それから少しの間だけ佳主馬を縁側の端から眺め、静夜は自分達に用意された部屋へと足を進めた。


「……。」
「佳主馬、あの妹さん気になるのか?」
「っ!ち、ちがっ――いたっ!!」


自分が去った後、万助の言葉に佳主馬の動きが鈍り彼が膝を縁側の端に強か打ちつけ悶えたのを、静夜は知らない。




▽▲▽




そこは今まで通ってきたどの部屋よりも静かだった。必要最低限の光以外が全て消され、陣内家の大半は闇に覆われていた。


「兄さん」
「静夜、どこいってたの?心配したじゃないか」


ひかれた布団の上で疲れた様子で携帯を弄っていた兄に声をかければ、少し怒ったように眉をハの字にして髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜられた。「ごめんなさい」と謝れば、ゆっくりと抱きしめられる。
何事かと身じろぎすると、小さい子供がすがりつくように静夜の体を抱きしめる健二の手に力が入る。その姿はまるで先ほど栄の裾を掴んだ静夜のようだった。


「兄さん?」
「ごめん…なんか色々いきなりありすぎて、疲れちゃった」
「…そっか…」
「うん」


静夜の肩口に顔を埋め健二はゆっくりと息を吐き出す。そんな兄を見、静夜はゆっくりと少しばかり自分より身長が高い健二の背中を一定のリズムを刻むようにぽんぽんと叩く。
すると、背に回っていた健二の手から次第に力が抜けてゆく。静夜はそんな健二の背中をただただ優しく叩き続ける。

その光景は、先ほどの侘助が来たときの健二の行動を静夜が、静夜の行動を健二がしているように見える。普通の人は変に感じるかもしれないが、それでもこれがこの兄弟の普通の対応なのだ。

片方が疲れれば、もう片方が肩を貸し。
片方が悲しめば、もう片方が傍にいる。

お互いに支えあい、お互いに普通以上に依存しあっている兄弟。それが静夜と健二。

そんな光景が数分間続き、暫くすると健二は静夜にお礼を言って体を離した。
お礼を言った健二に静夜は小さく笑いかける。健二もまた、小さく笑い返した。


「そういえば静夜、お風呂は?」
「あ…まだ入ってない」
「明日、夏希先輩に頼んでいれてもらおうか、今日はもう遅すぎるし」
「うん」
「じゃぁ、寝ようか」


ぽんぽんと優しく静夜の頭を撫で、健二は自分の布団にもぐりこんだ。静夜もそれを真似するように隣の布団に潜り込む。


「おやすみ、静夜」
「おやすみなさい、兄さん」


最後にもう一度静夜の頭を優しく撫で、健二はゆっくりと瞳を閉じる。静夜もまた、闇に包まれた外を一度眺め、静かに瞳を閉じた。

数時間後、健二の元に届いた一つのメールを知らせるメロディ。そのメールから、このなんの変哲のない4日間が壮大なものへと変化する事を、今はまだ知るものはいない。




Solve Me
(これって…)
(ん…メール?)
(……。)
100716 執筆
151028 編集

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