頭上に広がる空の色が好きだった。朝の薄い青色も、昼のスカイブルーの青も、夜の深い群青色の青も。
自分の瞳と同じだと、とても綺麗で、深みのある色だと兄さんが褒めてくれたから。
兄さんのその言葉が嬉しくて、くすぐったくて、でも心地よくて。いつも空を眺めて空に浮かぶ青と自分の青を比べていた。
でも、いつからだろう――その空を見なくなったのは。
▽▲▽
片方だけ存在を現した青い瞳。その瞳を見て、栄さんは小さく瞳を見開いた。
「それが虐めの原因かい?」
「……はい」
小さく頷けばそうかい、と納得したような声。
「静夜さんのお母さんかお父さんが外人さん、なのかい?」
「いえ、父も母も日本人です。私だけ、この色なんです」
兄の健二にすらないこの青色。私だけが生まれ持ってしまった青。そんな異端の色を持つ私は、小さい頃から両親にすら遠ざけられてきた。唯一そんな事を気にも留めず優しく接してくれたのは兄さんだけ。
持ち上げていた前髪を下ろせば青色は掠れる。
「いままでずっと、頑張って耐えてきたんだね」
「……!」
顔を上げるとそこにあえるのは柔らかな笑みを湛えた栄さん。
「よく、頑張ったね」
ゆっくりと紡ぎだされる言葉には、ほんのりとした温かさが混じり私の視界は自然と霞む。
「静夜さんは、本当によく頑張った」
「……、」
小さく微笑んで、私を見つめる栄さんの瞳は柔らかい。まるで、何もかもを包み込んでしまうような温かさ。
じんわりと広がって溶けてゆく彼女の言葉に、胸がきゅっと苦しくなり、目頭が熱くなる。自然と、透明な雫が私の頬を伝っていた。
「辛かったのに、良く頑張った」
「…っ」
「……偉いね」
兄以外では、初めてだった。こんなにも、優しく暖かい言葉をくれたのは。
今まで私を褒めてくれたのは、兄だけ。優しく私の全てを包み込んで、理解して、褒めてくれたのは、兄だけ。
自然と頬を伝い落ちるいくつもの雫。それを拭うことなく私は、いつまでも優しく笑う栄さんを見続けた。
「おいで、」
優しく差し出された皺だらけの手。いつもならば手を伸ばすのさえ躊躇うのに、まるで引き寄せられるように私はその手をとり栄さんの近くへと行っていた。
ゆっくりと抱きしめられる感触が体を包む。柔らかい、優しい香りが鼻を掠める。
「泣きたいなら、気が済むまでうんと泣きな。今この部屋には私と静夜さんしかいないんだから」
ぽんぽん、と一定のリズムで叩かれる背中が熱い。目じりを流れる涙が熱い。私の全てを包み込む全てが、熱い……否、暖かい。
親友や兄、先輩から与えられるものとは違う、今まで知らなかった温かさに、手放したくない、離したくないという感情が生まれる。
初めてのこの温もりを、この心を包む温もりを、ずっとずっと感じていたい
自然と私の手は栄さんの着物の裾を掴む。強く、けど弱弱しく、小さな赤ん坊のように。
そんな私を見て、栄さんは優しく優しく頭を撫でる。
「泣きなさい。心が叫ぶままに、うんと泣きなさい。今まで溜っていたもの全てを流してしまいなさい」
「う……あぁあ……っ」
「そうすれば――また、笑顔になれるんだから」
「っ…うわぁああっ」
初めて、兄以外の人の胸の中で、私は泣いた。
凍りついた心(固まっていたものがゆっくりと溶けていく感覚がした)
100703 執筆
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