広がる青空の下で | ナノ
 小さな足音が縁側に響く。一つは少しゆっくりと。一つは少し足早に。
 前を歩いてゆく佳主馬についていく静夜。二人が居間に辿り着いたとき、そこには一人の男性が立っていた。




▽▲▽




 最初きた時みた家族の雰囲気からは想像もつかないほどに静まり返った居間。
 誰かは険しく。誰かは驚いたように。誰かは安心したかのように。その視線を向けるのは縁側の向こうで一人、嬉しそうに鳴く犬を撫でる長身の男性。

 ピリリとした緊迫したような空気は居間にたどり着いた静夜達も包み込む。
 それは静夜が一番苦手とする雰囲気とよく似ていた。


「……兄さん」


 彼女は無意識に兄を呼んでいた。掠れようにか細く紡がれたその声を聞いたのは彼女の前に立っていた佳主馬のみ。
 彼は心配そうに後ろの彼女の姿をチラリと見、自分の前で同じように居間の様子を見つめる青年へと歩み寄った。


「お兄さん」
「あ、君はさっきの……」


 くい、とシャツを軽くひけば青年――健二は少し驚いたように茶色い瞳を見開く。
 サラリと淡い茶髪がゆれ、不思議そうな瞳が佳主馬を捕らえる。佳主馬はそんな健二へと、自分の後ろに隠れていた少女を見せた。


「っ!!……静夜、どうしてここに」
「!……っ、兄さん」



 健二の姿を見るやいなや静夜は勢い良く彼の腰に抱きついた。
 それを慣れたように抱きとめ、落ち着けるように彼女の頭を優しく撫でる。そんな健二と静夜の様子を佳主馬は静かに見つめ、不意にその奥へと視線を向けた。

 そこには変わらず長身の男性が一匹の犬と戯れている。


「ハヤテ……久しぶりだなあ。すっかりお前もお爺さんだな?」


 そんな懐かしそうな感情が入った声が聞こえてくる。
 発された声に反応するように健二と静夜もその男性へと顔を向けた。

 一同が沈黙を保つ中、それを破ったのは万助の低い声だった。


「何しにきた?」
「何しに来たって、自分ちに帰って来ただけじゃねぇかよ」
「どこがアンタんちだって?」
「シシシッ、相変わらずキツイな、万里子さん。10年前とかわらねぇ」
「変わらんのはお前だ!いきなり帰って来たと思ったら、なんだ、その態度は!」


 さっきまで温和な雰囲気を纏っていた万助が怒りを露に叫び、人指し指を突きつける。

 その声に周りにいた子供たちはビクリと体を震わせ、各々の母の元へと走りよった。
 万助の怒鳴り声を聞いた静夜はその子供たちの誰よりもビクリと、まるで電流が走ったように体を震わせる。後ろにいた佳主馬でさえもあまりの彼女の怯えように驚いた。


「兄さん……」
「大丈夫、大丈夫だから。僕に抱きついていていいから」
「……うん」


 静夜はすがるように健二に強く抱きつき、胸に顔をうずめる。それでも彼女の震えは止まらない。健二はそんな静夜をしっかりと抱きしめゆっくりと頭を撫でる。
 手は常に妹を落ち着かせるために、だがその瞳は若干きつめに細められ前方のやり取りを見つめている。

 これは本当にあの青年なんだろうか、そう思わずにはいられないほどの健二の豹変振り。それに気がついているのは佳主馬のみだ。


「んん?なんで勢ぞろいしてんだ?――お、太助さん、また太った?」


 おや、と言う顔をしながらゆらりと立ち上がる男性。半袖のシャツにスラックスというラフな格好、天然パーマ気味の髪。尖った顎に彫りの深い顔。年は30代後半くらいだろうか。


「シシシッ」


 くしゃり、とその顔を歪めて笑うその姿は様になっている。きっと若い頃は優男だったにちがいない、今でも渋い男前だ。
 だが肩を揺らし片方の口元のみを上げて笑うその仕草からはわずかな卑屈さが見え隠れしている。


「日曜日、お誕生日会なんです」


 明らかに男性よりも年上のはずの太助が敬語で答える。


「誕生日?誰の?」
「侘助」


 キョロキョロと一同を見回していた男性の視線が声をかけた人物へとむく。侘助、それが彼の名前らしい。


(先輩から聞いた親戚の名前の中にはなかった名前だ)


 ピクリ、と健二の眉が少しだけ上がる。


「よぉ、ババア。まだ生きていやがったか」


 ニヤリ、といやらしい笑みを浮かべ笑う侘助を、栄はきつく睨みつける。


「お互い様だよ。音沙汰ないものだったから、どこぞで野垂れ死んでいるかと思っていたよ」
「シシシ、ババアもちっとも変わらねぇな。こりゃ百までくたばらなさそうだ」
「アンタの礼儀知らずだけは、死んでも直りそうにないね」


 張り詰めた空気が流れる中、不意に栄は彼を見つめる瞳を細めた。まるで懐かしむように、愛しい孫を見るようにゆるく口元を緩ませる。


「腹は、減っていないかい?ごはん、食べていきな」
「飯なんざいらねぇよ」


 シシ、と笑いながら侘助は縁側から今に上がりこんだ。険しい表情をした親戚の間を通り抜け、机の上においてあったビース瓶と空いているグラスを掴む。


「やっぱ日本はろくでもねぇよ。ジメジメ蒸し暑いし、道は狭えし、アリンコみたいに人は多いしよ」

 
 そう言い、勢い良くグラスにビールを注ぎこむと一気に飲み干し、一息。


「ぶはっ!ビールだけはうめえ」


 シン、と静まった居間。


 それを廊下から見つめる健二の瞳は変わらずきつい。胸に顔をうずめる静夜の頭をしっかりと抱きしめ、口をきゅっと一文字に結ぶ。しっかりとしなければ居間を包み込むこの重苦しい空気に押しつぶされてしまいそうだ。

 目の前で美味そうにビールを飲み干す侘助という男性は一体何者なのか。ただ、今日来たばかりの健二にも彼が栄を除き、この家族からは歓迎されていないということだけは理解できた。


「おじさん?」


後ろから、声がした。振り向けばそこにいるのは風呂上りの夏希が立っている。


「……夏希?夏希か?」
「侘助おじさんっ!」


 弾かれたように駆け寄る夏希を見て侘助は瞳を見開いた。


「でかくなったな、おい――っと」
「嬉しい!帰って来てくれたのね!!」


 走ってきた勢いをそのままに夏希はそのまま侘助の胸へと飛び込んだ。流石の侘助も驚いたのか支えきれず、二人して畳みの上に崩れ落ちる。
 痛そうにしながらも侘助の顔に浮かんでいるのは懐かしむような笑み。夏希はそんな侘助の胸にすりより嬉しそうに笑う。


「なっ……」


 思わず驚愕の声が健二の口から零れ落ちる。その瞳は見開かれ、目の前で再会を喜び合う二人を凝視。

 今までで見たことがないほどに嬉しそうに笑う夏希。自分はそんな彼女の笑みを一度も見たことがない。


「兄さん……痛い」

 思わず腕に力が篭ってしまったのか、胸に顔をうずめる静夜から抗議の声が上がった。
 慌てて力を抜けば静夜は顔を上げ、自分達の目の前に広がる光景を見た。


(なるほど……)


 会話と光景を見て一瞬にしてその状況を理解したらしい静夜は一人、納得したように頷く。そして、同情するかのようにポンポンと軽く兄の背中を叩いた。

 呆然と瞳と口をだらしなくあけたまま固まる健二の目の前では。


「夏希、侘助から離れなさい!」
「えーなんでー?だってさー……」
「いいから!」


 多少違えども、居間は先ほどとさほど変わらぬ騒がしさを取り戻していた。




陣内侘助
(静夜)
(何?佳主馬君)
(おばあちゃんのとこ、行くんでしょ?今おばあちゃん自分の部屋戻っていったから、行こう)
(あ、うん)
100519 執筆
150801 編集

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