広がる青空の下で | ナノ
鈴虫の声が途切れ、風が一際強く夜空へと舞い、縁側で向き合う二人の影は月の光に照らされて一際闇の中に浮き上がった。


「まさか、こんなにすぐに気づかれちゃうとは思わなかったけど」


空中で揺らしていた足を一旦止め、静夜は佳主馬へと小さく笑いかける。
長い前髪の奥で揺れる青の瞳が細く弧を描き一瞬彼の姿をぼやかせた。


「予想外、って言うのが本心」
「僕にバレたことが?」
「うん。だって、大地でもすぐには気がつかなかったからさ」


会う以前に彼はずっと私の後を金魚の糞のようにくっついてきていたけれど。

その時の光景が不意に頭に浮かび、静夜は一人くすくすと笑う。
そんな彼女を佳主馬は不思議そうに見る。
今自分の前で笑う彼女の表情は、最初に会った時の彼女からは想像もできないような表情。

自分の兄以外のもの全てを拒絶し遠ざけるような冷たい雰囲気はまったくなく、普通の少女のような柔らかで少し明るい雰囲気が彼女を取り巻いていた。
例えるならば、夜の月の光。柔らかで、少しだけ明るくて、それでいて澄み切ったような落ち着きを備えている、そんな雰囲気。
常に必要以上の言葉は話さず無言を決め込んでいた彼女、それが嘘のように今の静夜の口からは沢山の言葉があふれ出す。


「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「……うん?」
「どうして、静夜はいつも必要以上の言葉を話さず無言を決め込もうとするの?」
「……直球だね、佳主馬君は」
「遠まわしに言う必要はないでしょ?」
「まぁ、そうだけど…」


 普通は例えこの性格がバレても言わないんだよね。と彼女は苦笑する。

 そんな彼女に佳主馬は片方の眉を潜める。若干不機嫌オーラを放ち始めた佳主馬に気が付いた静夜は「ごめん」と一言謝った。


「理由だよね?」
「うん。早く答えて」
「意外と佳主馬君て短気?」
「煩い」
「ごめん」


おどけた様にまた肩をすくませ静夜は一呼吸をおいた。そして、口を開く。


「必要以上の言葉を話さないのは単に私が話す必要がないと判断しているからだよ。無言を決め込んでいるのは佳主馬君がさっき言ったとおり、私自身を守るため」
「無言は自己防衛みたいなもの?」
「…そんな感じかな」


 静夜は佳主馬の質問に答えつつ縁側に出した足をぶらぶらと再度揺らし始める。佳主馬もそれを真似するかのように足を揺らす。


「でも、どうしてそんなことを?」
「……佳主馬君て、知りたがりだよね」
「誰でも気になるでしょ?」
「まぁ、否定はできないかな」
「……。」
「……。」
「教えてくれないの?それとも教えられないの?」
「……教えるのが怖い、それだけ」
「そう…」
「うん。ごめん」
「なんで謝るのさ」
「だって……不機嫌そうだから」


 眉間に皺よってる、と彼の眉間の指させば佳主馬は少し驚いたように瞳を見開く。どうやら無意識のことだったらしい。
 静夜は口元だけで小さく弧を描き、それからその口を一文字にしっかりと結んだ。

 先ほどまで暖かかった夜風は南風から北風へと変わる。涼しいようなそれでいて冷たいような風が二人を包み込んだ。


「今はまだ言えない。ううん、そうじゃない。まだというより、きつい言い方だと思うけど、私は佳主馬君の事をまだ心の底から信じられない。だから、言えない」
「直球だね」
「遠まわしに言う必要はない、でしょ?」
「まぁ、構わないけど」
「ごめん」
「気にしてないよ」


 無理させてまで聞こうとは思わない。と佳主馬は言う。そんな彼に静夜はお礼を言った。
 心底安心したように息をつく彼女を見て佳主馬は誰も気がつかないくらいに小さく笑う。

 彼の瞳はいつもの彼からは想像がつかないほどに柔らかい。
 彼はきっと彼自身も気がつかない間に彼女に惹かれ始めているのだろう。
 ゆっくり、ゆっくり。気がつかないほどにゆっくりと彼は静夜に惹かれ始めている。
 夜空にぽつんと浮かぶ月のように、穏やかで柔らかな温かさをもつ彼女に。
 遠くの土地で彼女を思い続けている一人の少年と同じように。

 今はまだ、彼が自身のこの気持ちに気がつくことはない。


「そういえば、静夜は栄おばあちゃんのところに挨拶には言ったの?」
「…栄おばあちゃん?」
「ここの16代目当主」
「あ、明後日お誕生日の」
「そう。行った?」
「…行ってない。行ったのは兄さんだけ」
「なら、行った方がいいと思うよ?」


 一応ご厄介になってるわけだし、と言い足して佳主馬は徐に立ち上がった。
 手にはさきほどまで隣に置いていたパソコンをしっかりと持って。
 立ち上がった彼の髪は一度夜風にゆれ、もう片方の隠れた右目がチラリと見える。
 そんな彼を見つめる静夜へと佳主馬は口を開いた。


「僕も丁度今からおばあちゃんのところに行くところだったんだ。丁度いいから案内してあげる。来なよ」


 そう言いスタスタと縁側を歩き始める。
 それを追うように静夜も立ち上がり、彼の背中を追った。




月に惹かれる兎
(佳主馬君、足速いね)
(静夜が遅いだけだよ)
(なんか兎みたい)
(……。)
100516 執筆
150731 編集

− 13/50 −

目次
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -