広がる青空の下で | ナノ
 無言という扉で人を拒絶し、遠ざけた。
 人見知りという盾で人との関わりを拒絶し、断ち切った。
 それが、今日までを生きてきた私が知る、唯一つの身を守る方法だったから。




▽▲▽




 鈴虫の鳴く声が庭に静かに広がってゆく時間。都会では見ることが出来ないほどの星々が暗黒の空を彩るのを見ながら、静夜は一人縁側に腰掛けていた。兄である健二は静夜が食べ終わった夜食を台所へ返しに行っており、今はいない。ブラブラと縁側に足を投げ出しながら静夜は何も言わずに頭上いっぱいに広がる空を眺めていた。


「…何やってるの?」
「……!」


 ポンと軽く叩かれた衝撃に振り返れば、そこには数時間前に出会った彼が――池沢佳主馬がいた。相変わらず格好は夏に似合うノースリーブ、片手には彼自身のものだろうパソコンが一台抱えられている。
 その顔にはこれといった表情は浮かんでおらず、この様子だと今から居間のところに行こうとしていたのだろうか。
 静夜は自分を静かに此方を見下ろす彼から目を離し、また庭へと視線を向ける。それを不愉快に思ったのか、佳主馬の目は少々きつくなった。


「…何やってるの?」


 先ほどと一語一句違わぬ問い。それを無言で流せば彼は盛大なため息をついた。それでも静夜は何を言うこともなく無言を決め込む。

 大抵の人はこうして無視無言を決め込むとその場から立ち去るのが普通だ。それを知っているからこそ、彼女はただただ無言を決め込んでいる。それは小さい頃から彼女がしてきた自身を守る方法。虐げられてきた彼女なりの身の守り方。

 彼女はきつく口を一文字に結び、彼の方を一切向こうとはしない。


「ねぇ、聞いてる?」
「……。」
「…無視?」
「……。」
「そう」
「……。」
「なら…」
「……。」
「君が僕と話をしてくれるまで僕はここに居座るから」
「!……え、」


 よっこいせ、と年寄り臭いことを言いながらあろうことか彼は静夜から少し離れた縁側に容赦なく腰掛けた。これは彼女にとって物凄く予想外のことだった。まさか拒絶してもなお、このまま居座るなんて言ってきたのは彼以来だったから。

 驚愕のあまり静夜の口から零れ落ちる間の抜けた言葉。それを聞いてしまったのだろう、隣に座った佳主馬は静夜を見て小さく笑った。


「ぷっ、変な声」
「それは、佳主馬君がいきなり居座るなんて言い出すからっ……あ…」
「やっと、話してくれた」
「っ……」
「意外と話せるんだね、静夜」
「……。」


 恥ずかしさのあまり俯けば、隣に座った佳主馬もまた、静夜と同じように縁側に足を投げ出して空を見る。


「話せるけど、人と触れ合うことが苦手だからそうやって無言で相手を遠ざけてるの?」
「……どうして、そう思うの?」
「僕と初めて会ったとき、僕、静夜の腕を掴んだよね?その時、無意識だろうけど腕が物凄く強張ってた。普通の人も確かに強張るけどそれの比じゃなかった。あれ、人に触られるのが嫌いとか苦手だとか、トラウマとか持ってなかったらならないでしょ?だからそう考えた」


 そう話せば隣に座っている彼女はただただ俯くだけ。佳主馬はそんな静夜に視線を一回だけ移し、また口を開いた。


「しかもその後、あのお兄さんが来たときに勢い良く抱きついていたし。あの服の掴み方とか見たらわかるよ、あのお兄さん以外には触られ慣れていないんだって。いつも口数が少ないのと無言を決め込むのも自分を守るための盾、そうじゃないの?」

 ザア…と生暖かな夜風が二人の髪をなびかせる。

 今まで自分が作り上げてきた表の自分の仮面を全て剥がした彼は、ただただ純粋に静夜を見つめる。見た目に反して彼――池沢佳主馬は物凄い洞察力の持ち主だったようだ。片方の髪の間から覗くその茶色い瞳は真剣そのもの。


(誤魔化すことは、流石にできないな…)


 今までに静夜が作っていた表の仮面を剥がした事があるのは、記憶にある限り親友の大地と佐久間先輩のみ。兄の健二はもとから静夜のその性格を知っている。だからこそ、周りがあまり彼女に近づかない様に先手をとって「彼女は人見知りなのだ」と周りには言っていた。それが、実の妹である彼女を守る方法だと彼も認識していたから。


「ねぇ、どうなの?」


 静かそれでいて多少の威圧感を込めた一言が投げかけられる。
 静夜はゆっくりと佳主馬へと向き直った。
 そして静かに――。


「うん、その通りだよ」


言葉を紡いだ。





暴かれた素顔
(その時の彼女は、今まで見てきた女性の中の誰よりも神秘的に)
(それでいてひどく儚く見えた――)
100509 執筆
150628 編集

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