広がる青空の下で | ナノ
 ポーン。と軽快な機械音が時刻を告げる。それと共にフィールドに備えられていたワールドクロックから沢山の映像が飛び出し各国のニュースを伝え始めた。


「時間だ…」


 画面の前で頬杖をついていた少女は小さく顔を上げ。


「今日こそは勝つ…」


 納戸で静かに画面を見つめていた少年はキーへと指を添える。二人が同時に一つのキーを押したとき、一つのバトルフィールドに二つの影が現れた。

 さぁ、試合開始だ!




▽▲▽




『さあさあさあさあさあ、レディース&ジェントルメン!ボーイズ&ガールズ!上司に有給休暇の届けは出した?先生に親の声真似で仮病を伝えた?彼女に叩かれた頬の具合はどうだい?待っている彼氏は遅刻せずに来たかい?トイレは済んだ?お風呂も入った?お母さんに深夜のテレビ番組の録画はすんだ?済んでいなかったらお気の毒。きっと頼んだ母親もそれどころじゃなかったのさ!』


 真っ暗なステージ内にファッションブランドのロゴがところせましと浮き上がる。さらに英国のITのロゴが現れ世界中の有名企業の名前が競うように浮き上がった。その中には見慣れた日本の車企業やスポーツブランドの名前も見える。


『みなが待ちに待ったこのときがやって来た!何ヶ月ぶりかに行われるタイトルマッチ!真のOZでのチャンプはどちらだ!?』


 言葉が終わると共に一面真っ暗だったステージが一斉に照らし出される。そこには一定の距離を置くようにして佇む影が二つ。

 その二つの影の上で電工ランプが表示されスタートランプが点滅した。


『ようし時間だ!タイトルマッチスタート!』


 司会者の声に会場が揺れんばかりの歓声に包まれる。その中には先ほどメイヤと話をしていた犬――ダイチの姿もあった。彼は一番試合を観戦しやすい特等席でじっと片方の小柄な影を見つめている。

 一般の観客席ではサルの顔を模った形のアバター、サクマが観客の中から二人の姿を見ていた。


『さて、みながよーく知っているこの二人…っておいおい、二人とも、それじゃぁ姿が見えないぜ?随分地味な格好だな』


 派手なライトが一旦消え、二つのスポットライトが佇む二つの影をそれぞれ映し出す。

 片方はニット帽とダウンジャケットというアイテムを見につけ、俯いたまま一向に顔を上げようとしない。
 片方は全身目元までをスッポリと黒いマントというアイテムで隠し、身じろぎ一つしない。
 だが、その頭から飛び出る三角の耳らしきものと裾から見える尻尾のような先端までは隠せない。
 両者共に一言もしゃべらず身じろぎ一つしないのだ。


『まぁいい。改めて紹介するぜ!今回のタイトルマッチの挑戦者はコイツだ!!』


 その声にこたえるように取り払われた帽子とダウンジャケット。
 そこから現れたのはツンと突き出た長い耳と、突き出た鼻。赤く鋭く輝く瞳、額にかけたゴーグルがキラリと光る。白い体毛に覆われたダウンジャケットの中にはチャンピオンベルトを巻いている。二本足で立つ兎。


『OZ内最強の王者!キィイイング・ガズマァアアアア!!』


 キング・カズマと呼ばれたその兎戦士は、名を呼ばれた瞬間相手へと飛び出してゆく。その眼光が見据えるのは未だに棒立ちで彼の目の前に佇むマントを纏った影。


 スピードとキレを備えた戦士のパンチは、飛び出したことにより更に威力を増してその影へと繰り出される。


『おおっと、いきなりのキングからの先制攻撃だぁ!これはくらってしまったか!?』


 観客がその声にまた盛り上がる。その観客が見つめるフィールドではその言葉を裏切るかのように、小さな影は兎戦士の攻撃をまるで揺れるかのようにかわしていた。
 突き出された突きの威力をそのままに、小さな影はその体を少しだけ斜めにすることによって拳を紙一重でかわす。

 その時発生した風圧で影が纏っていたマントはフィールド高くへと舞い上がった。

 そこから現れた一匹の狼。すっきりとした顔立ち、人間のような鼻。頭に生えた黒い耳は小さく動き、そこについている小さなシルバーリングが小さく光った。。
 片目半分を覆い隠すように揺れる茶色の髪の奥では、鋭く輝く青い瞳が兎戦士の姿を見据えている。
 すらりとした女性のフォルムをした上半身には短めのタンクトップ、下半身はジーンズをはいている。後ろからは威厳のある太い尻尾が生え、頭の上には王冠を乗せている。
無表情で兎戦士を真っ直ぐ見つめる狼娘。


『おやおや、そんな簡単にはくらってくれなかったようだ!遅くなったが紹介するぜ!!
キングを迎え撃つのは一部で生きる伝説と呼ばれる女帝!クイーン・ユウヤだ!!』


 クイーン・ユウヤと呼ばれたその狼娘は自分のすぐ近くで自分を見る兎戦士を一瞬見据え、すぐさま反撃へと体勢を変える。半歩足を引くことによって流した兎戦士の体。その体めがけて前へと出していた右足を軸に回転し、背中から強烈な回し蹴りをお見舞いする。


「ガッ!」


 その威力に兎戦士から篭った声が漏れ、白い体はいとも簡単にフィールドの隅へと飛んでいった。ガラガラと崩れ落ちてゆく壁の残骸。それに埋まるようにして一瞬兎戦士の動きが止まる。狼娘は動きを止めた兎戦士に対して追い討ちをかけるかのように近づき、足を真上から振り下ろした。
 しかし、あと少しで攻撃が当たると思った瞬間閉じられていた兎戦士の瞳が見開かれ、振り下ろされた足をしっかりと掴み真横へと振り投げる。これは予想できなかったのか狼娘はなすがままに横の壁に全身を強打した。


『キング・カズマ身動きできないと見せかけてクイーンをおびき寄せたのか!?これは頭をつかったぞ!!』


 真横で自分と同じように壁へと全身をうち一瞬動かなくなる狼娘。兎戦士は素早く起き上がりその狼娘の体を今度はステージ内へと放り投げる。

 勢い良く振り投げられた狼の体は空を裂く。だが、その瞳は投げられた次の瞬間にはしっかりと見開かれ狼娘は素早く空中で身を回転させ着地する。

 巻き上がる煙、ステージの真ん中と壁という一定の距離を保ち、王者と女帝は互いをにらみ合う。


『おいおい、これはどちらが勝つかまったく検討もつかないぞ!?皆どちらが勝つか賭けはしているか?ちなみに俺はクイーンに賭けているぜ!!』


 司会者がそんなことを暴露していいのかと思われるような司会進行をする中。

 ステージの中心に立つ狼娘をしっかと見据えた兎戦士は優雅に長い耳を揺らし、中指をクイクイッと曲げる。それはまるで「かかってこい」と挑発するかのように。
 狼娘はそれを見て優雅に黒く太い尻尾を揺らす。そして、体を斜めにし構えを取る。会場内に静かに響くステップ音。


『ん?これはなんだ?クイーンがステップを踏み始めたぞ?』


 ざわつく会場。会場のいたるところから疑問の吹き出しが現れては消えてゆく。
 狼娘はそんなことまったく気にせずただそのステップをその場で踏み続ける。

 そして、そのステップが途切れた時だった。
 一瞬で目の前の狼の姿が消え、兎の体が浮いていた。まるでそれが当たり前のように、ただただ、会場の空高くへと。


『な…なにが、起きたんだ?』


 空中に浮かんでいる兎戦士自信も訳が分からないというような顔だ。一瞬にして自身の体がふわりと浮き上がり、その瞬間に大きな衝撃がゲージを削っていた。今まで何度も彼女と戦ってきた彼でも見たことがない攻撃。
 地に立っている狼娘は先ほど兎戦士が立っていた場所に立ち、兎戦士の姿をその鋭い瞳で見つめ次の攻撃の構えを取る。


『こ、これはキングの体力ゲージが大幅に減っている!?一体なにをしたんだ!?』


 司会者すらもが実況を忘れ頭を傾げる中、重力に沿って浮き上がっていた兎戦士の体は急激に降下を始める。
 兎戦士はその重力に沿い、下にいる狼娘へと鋭い蹴りを繰り出すが彼女はそれをひらりとかわし再度攻撃を繰り出した。だが、それは予想していたように出されていた兎戦士の手に止められる。
 至近距離で睨みあい、数歩距離をとって体勢を構え直す。
 ギロリと自分を睨む長身の兎に狼はただ静かに沈黙し続ける。


「……君は、」


 ぽこん、と音を立てて出てきた吹き出し。それは周りには見えない特定ユーザーへ向けるためのチャット。
 そしてそれが、今まで戦い続けた中で初めて、狼が声を発した瞬間だった。自分に向かって彼女は話をした。今まで一度も自分どころか他のアバターとさえも会話をしなかった彼女が。


「何のために戦っている?」


 簡単でありながら、重い問いかけ。
 深い瑠璃色の瞳が彼の赤い瞳を真っ直ぐに見つめる。
 兎戦士は思いもよらなかった問いかけに一瞬動きを止める。その隙を狼娘は逃すはずもなく、一気に間合いをつめ兎戦士へと近づく。ふわりと揺れる耳、綺麗で整った娘の顔が兎戦士の視界を埋める。


「私は、私を認識してもらうためにここにいる」
「な、に?」
「私は、私自身を見てもらうためにクイーンとして、女帝としてお前と戦っている」


 ただ淡々と静かに語るその言葉から彼女の心境を察することは叶わない。自分を見てもらうため、自身を認識してもらうため。そういった狼の瞳には何の感情も浮かばない。電子から作られたもの、だからなわけではない。
 電子で作られた者であろうと、生身の人間のように多少の感情性は伺うことが出来る。
だが、それを彼女からは伺うことがまったくできないのだ。

 ガツンッ、と高い音が響き、キングの拳がクイーンの拳とぶつかり合う。兎戦士はただただその彼女の言葉に意思を揺らし。狼娘は感情の篭らない瞳で王者を静かに見据える。


「だから、私は君からの挑戦を受け続けてきた」
「僕は…」
「君は?君はなんのために戦っている?」
「僕は…、」


 打ち付けあった拳を尚もお互いぶつけ続けながら兎戦士は言葉を濁らせる。狼娘は静かにその言葉の続きを待つように彼を見つめ続ける。


「僕は、戦いが好きだ。だから戦い続ける。そして勝ち続けている」


 そうして戦ってくるうちに次第に強くなってきた自分。何時の間にやらキングという称号まで与えられ、スポンサーも沢山ついた。だけど、王者と崇められる裏でまだ自分は王者になりきれていないのではないかという考えも持っていた。

 この目の前で拳を交わせている狼。クイーン・ユウヤがいるから。彼女と決着をつけない限りは、自分が本当の王者になったとは思えなかった。

 兎戦士の空いたもう片方の拳が振るわれる。その拳をいとも簡単に受け止め、狼はただただ静かに彼を見続ける。


『両者共に拳をぶつけ合ったまま一向に動こうとしないぞ!?一体これはどうしたことだ!?』


 司会者の言葉などもう二人の耳には届いてなどいない。

 兎戦士はだた純粋に戦いが好きでここまで上り詰めた。そしていつしか王者(キング)と呼ばれるようになった。
 狼娘はただ自分を認識して欲しくて戦ってきた。そしていつしか女帝(クイーン)と呼ばれるようになった。
 いつしか二匹はお互いを誰よりも自分と互角に戦えるものと認識し始め、戦い挑み始めるようになった。だが一向に勝負はつかず。時には、相打ちという形で。時には、時間切れと言う形で。納得のいく勝敗が付けられぬまま終わっていた。
 それでも二匹はずっと戦い続けた。どちらかがどちらかを倒すまで。どちらかがどちらかを倒し、真のOZの王者となるまで。

 その勝負は今回で丁度100回目を向かえる。それほどまでに戦ってきた両者。それほどまでに戦ってきたにも関わらず勝敗がつかない理由は両者もわからなかった。


「戦いが好きだから、か。だから、君は戦い続けているの?」
「そうだ。僕は戦いが好きだからこそ戦い続けている」
「そっか」


 兎戦士が高々とそう宣言した時、これまでずっと無表情だった狼の口角が一瞬上がる。


「なら、次で決めよう」
「え?」


 囁かれたその言葉の真意がつかめず兎が疑問の単語を出せば、狼はそのぶつけ合っていた拳を外し、宙を飛ぶ。まるで本物の狼のように軽い身のこなし。お互いの拳が届きそうで届かない距離へと彼女は身を降ろす。

 そして構えるのは彼女のスタイルの中で組手の基本である構え。両の拳を中段と上段に構え、体を斜めに半身にする。そして足で軽くステップを踏み始めた。それを見た兎戦士も静かに構えを取る。


『どうしたどうした?!お互い得意の構えを取ったぞ?もしや次で決めるつもりなのかぁ!?』


 司会者のその声に会場内が水を打ったように静まり返り、二人を見る。ステージで自身の構えをお互いとりあう二人は、まるで静止動画のように一切の動きをしていない。ただ狼娘の地を軽やかに踏む音だけがステージ上に響き渡る。

 そして、いつしか乱れていた二人の呼吸音が一瞬重なり合ったその瞬間――二人は同時に地を蹴った。

 繰り出される拳と蹴り。それらが交わる一瞬、狼娘は初めて、微笑を見せた。それは全ての者を魅了するような優しげな笑み。

 次の瞬間、狼は宙を舞った。


『…か、勝ったのは…勝ったのはキング・カズマだぁあああ!!!』


 会場が割れんばかりの完成に包まれる。自身の頭上に掲げられている≪YOU WIN!≫という文字を見、兎戦士は自分の目の前で動かなくなった狼娘を呆然と見つめる。

 勝負がついたのだ。今この時、この瞬間、自分は彼女に勝った。自分が本当の真の王者の名を手に入れた。

 兎戦士は沢山の賞賛の声に囲まれながら、ただ静かにステージ上に立ち続ける。
 ある夏のある日、二人の真の王者の名をかけた対決に終止符が打たれたのだった。




キングVSクイーン
(……。)
(勝った、のか…)
150627 編集

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