前世の記憶
よくある夢小説では、意識が生まれる前からしっかりとしていて、自分が産み落とされる瞬間や赤ん坊時代の恥ずかしい体験を必死に耐え抜く勇ましい姿が描かれている。てっきりそれが当たり前の事であると私も思っていた。けれど、私の場合はどうもそれとは違っていたらしい。
私が前の記憶を取り戻したのは、ちょうど7歳の誕生日を迎えた時だった。大好きな姉の後ろをついて回り、姉の友達に構ってもらいながら健康的にすくすくと育っていた私は、7歳の誕生日を迎えた夜に熱を出して寝込んだ。
そして、その眠りの中で見知らぬ一人の女性の人生を見た。
その女性が生まれて、学生になり、親元を離れて遠くの大学で勉学を学ぶ姿。それを私は幽霊のようにふよふよと浮いて少し離れたところから見ていた。
私が見ている夢だと気が付いたのは、それを見始めてすぐだった。夢にしては随分とその人生は現実味を帯びていて、自分の頭も随分と難しいことを考えるものだと考えた。
私と似ているようで、似ていない姿の女性。彼女はいったい誰だろう、そして私はどうしてこれを見ているんだろう。早く目が覚めればいいのにと思いつつも、別に夢だからいいだろうという気持ちで私は彼女の人生を見続けた。
そして、最後、彼女は神社の巫女バイトを終えたその日、何もない空間に吸い込まれて消えてしまった。
同時に今まで眼前に広がっていた光景が黒一色に染まる。上も下もない空間の中、ふと視線を上に向けるとまるで雪のようにふわふわと揺れながら落ちてくる光の粒が一つ。
それは私の目の前で止まり、尚もふわふわと揺れ続ける。まるで、受け止めてくれと言うように揺れるそれに両手をお椀の形にして差し出せば、それはゆっくりと手の中に納まり、そして手にしみ込むようにして消えてしまった。
じんわりと暖かい温もりに瞳を細めていると、まるで水が土に染み渡る様にさっきまで見ていたあの女性の感情、感覚が私へと流れてきた。ずっと背後から他人として見てきた出来事が、私が彼女の中に入ったように自分の視点になり、その時感じていたこと、考えていたことまで頭の中に流れてくる。
その女性の人生はそんなに長いものではなかったけれど、それでもその量は膨大で、とうとう耐えきれなくなった私は何もない空間に倒れ、そのまま意識を手放した。
「ナマエ、ナマエ」
「ん……ヒメ、お姉ちゃん」
「大丈夫?うなされてたみたいだけど」
瞳を開けばそこにあったのは、心配そうな姉の顔。数度目をこすって周りを見回すと、もう日も上ったらしく、太陽の光が室内に入ってきていた。未だにずきずきと痛む頭を押さえながらおきがり、大丈夫だと伝えれば姉は安心したように息を吐く。
「昨日は少しはしゃぎすぎちゃったからね。お水持ってきてあげる」
「うん、ありがとう」
寝巻のまま室内から出ていく姉の姿を見送れば、静かになった室内に朝のさわやかな風が入って私の髪を揺らした。
「ミョウジナマエ…」
そっと夢で見た女性の名前…自分の前世の名前を音にする。その名前は何の違和感もなく私の胸にすとんと落ちてきて、これが私の元の名前だったのだと改めて確信した。そして、それと同時に私は今自分がいるこの世界がなんなのかも確信する。
ここは、前世で漫画として私が読んでいた【夜桜四重奏】の世界なんだと。
170823 執筆
−3/3−
≪|目次|