白背景中編&シリーズ | ナノ
昨日訪れたシルバーとクリスタルは、翌日も彼の病室にやってきた。楽しそうに笑いあう彼等。
そんな彼等を少し離れた樹の上から眺める少女が一人。それは己を死神と名乗った少女。その口はきゅっと小さくひき締められ、双眸を隠す黒い布は風と戯れる。


「任務、進んでるか?なまえ」
「え?…あ!グリーン先輩にレッド先輩!」


強い風が彼女の髪を揺らし、やむと同時に陽気な声が耳に届く。聞き覚えのある声に振り向けばそこには二つの人影。無数に舞う黒い羽が視野を遮る。その奥で二対の黒い翼がバサリと揺れた。


「よお、愛しの後輩が少し気になったんでな、様子見に来てやったぜ?」
「…久しぶり、なまえ」
「お久しぶりです、先輩方」


黒い翼を広げ彼女の横に降り立つ二人の青年。

片方は、黒い漆黒の髪に紅の瞳の死神――レッド。
もう片方は、黄金色のツンツン髪に深い緑色の瞳の死神――グリーン。

二人は少女――なまえの先輩であり、死神の一位二位を争う程に好成績を残す優秀な死神。
二人を尊敬し、または惚れる女の死神は数知れず。泣かせた死神も星の数ほどと言われている二人は、何故か落ちこぼれと言われているなまえを人一倍気にかけていた。
彼女が任務を任された時は、必ず一度は様子を見に来てくれ、そしてアドバイスも残していってくれる。二人は彼女にとって尊敬すべき先輩であり、頼れる兄のような存在だった。


「で、今回のターゲットってアイツか?」


病室内で人一倍元気そうに騒ぐ少年――ゴールドを指さしグリーンが問う。肯定を示す様に頷けば「ふーん」とまるで品定めするように彼を見つめるグリーン。


「なんか…バカっぽいな」
「グリーン先輩、感想がストレートすぎますって」
「んー、いやぁ、だってよー…。なんかすっげーバカっぽく感じんだよ。あの行動とか言動とか。なぁ、レッドもそう思わねぇ?」


グリーンが彼女を挟んで立つレッドに話しかければ、彼は少し考える素振りをした後、小さく頷く。


「…まぁ、少しは…」
「レッド先輩まで…」


何故まあそんなに二人は彼の事をやたらバカバカ連呼するのか。お互いの意見を交換し合う二人を見ながら彼女は小さくため息をつき、病室へと視線を向ける。

まぁ、確かに彼は自分から見ても少しバカっぽいと言えばバカっぽい。しかし、そんな馬鹿さよりも彼女が視点を置いているのは、死を告げられても尚維持され続けているあの太陽のような明るさと、死神である自分の為に泣いてくれた彼の優しい心だった。
彼女は死神として今まで何人もの人を見てきたが、死を告げられた後もああやって自然に笑っていた人は数少ない。むしろ見たことがなかった。
ほとんどの人は、自分の死期が訪れるのは今か今かと怯え、日に日に笑みを失って言っていた。時には自暴自棄になった人さえもいるほどに。
それなのに彼は死を告げられても尚笑い続け、そして信頼する親友に希望を託してまでいる。“自分は助かるかもしれない”という希望を…。それは彼ですらわかっている、決して叶う事のない夢物語のはずなのに。

彼はきっとあんな病気にかかっていなければ、沢山の人に元気と笑顔を分けていただろう。そんな彼の命を、自分は奪おうとしているのだ。


「……。」
「“助けよう”なんて、考えるんじゃねえぞ」
「っ!!」


ぼそりと呟かれた言葉に振り向けば、横で彼女と同じように彼を見つめていたグリーンと目があう。彼の瞳は…真剣そのものだった。


「アイツを“助けよう”とか“延命させてやろう”なんて浅はかな事、絶対に考えるな。それは俺達死神の“掟”に反する行為だ」
「っ…ど、して、私がそうすると…思うんですか?」
「お前の顔見りゃすぐわかる。どれくらいお前の世話してきたと思ってんだ」


呆れたように溜息をつきグリーンはぐしゃぐしゃと彼女の頭を撫でる。


「……なまえ」
「…レッド、先輩」
「……“また”やろうとはしないで」


――例え、君がいいと思っても僕たちが許さない。

“また”という言葉に彼女の瞳が揺れる。そんな彼女を二人の真剣な眼差しが射抜いた。


「お前…これがラストチャンスなんだろ?」
「っ…」


ぽつりと呟かれた言葉にドキリと心臓が跳ねる。それをどこで知ったのかと尋ねれば管理者に言われたのだとグリーンは言った。彼の言葉に胸が騒ぎ、ぎゅっと手を握りしめる。

(そっか…二人はそれを知ってしまったんだ。だから、私がまた変な気を起こさないように忠告しに来てくれたんだ…)

顔を俯ける彼女へ赤子に言い聞かせるようにグリーンは言葉を紡ぐ。


「なあ、なまえ…お前が死神に似合わないくらいに心優しい奴だって事は俺も、レッドも重々承知だ。それゆえにお前は今までほとんどの任務を達成できなかった。でもな…今回だけはその甘い考えは捨てろ。この任務はお前の生存か消滅かを決める任務だ」


グリーンの言葉は少女の胸へと重くのしかかる。

そう、彼女は今回の任務で、自分の存在が消滅するかそのまま存在し続けるかが決まる。

彼女はグリーン達が言うようにとても心が優しかった、否、優しすぎた。その優しさ故に、彼女は今まで任務を達成することがほとんどできていない。それにより、今、天界の輪廻の輪が徐々に徐々に狂い始めている。

死ぬ予定の人間が死なないという事は、その代わりに生まれ堕ちる予定だった生命が生まれる事ができないという事。

今までの彼女の失態はグリーンとレッドが尻拭いをする事によって難は逃れてはいたが、天界の管理者も何度もされてしまっては見逃せなくなったのだろう。今回の任務に告げた際、管理者は最後に彼女にこう言葉を付け加えていた。


「今回の任務もまた成功しなければ――お前には消滅してもらう」


その言葉に彼女は大きく瞳を見開いた。

次の任務もまた失敗すれば…自分は存在を消されてしまう。

今まで、存在を消された死神は数えきれない程にいる。禁を犯した者。掟を破った者。天界から逃げ出した者。様々な死神が様々な理由で消滅していった。
だが、そのあと彼らがどうなったかは誰も知らない。その存在が消えるという事は、その者が生きていたもの全てが消えるという事。記憶も、思い出も、私物も、その者に関わっていた者達全てから消えてしまうという事。


「俺達は、お前に消滅なんかしてほしくねーんだ」
「…お願いだから、今回の任務だけでも成功させて」


両側から回された腕。片方には漆黒の髪、もう片方には黄金色の髪が視界をかすめる。
二人の懇願するように、願うように呟かれたその言葉はしっかりと彼女の耳にも届いていた。

(ああ…二人は、なんて優しいんだろう)

こんな自分に消滅してほしくないと言ってくれるなんて。

今までずっと落ちこぼれだと、役立たずだと言われていた自分に唯一手を差し出してくれた二人。任務を失敗し魂をとれなかった時、必死に管理者から自分をかばってくれた二人。魂を取るためのやり方を教えてくれた二人。
それだけでも十分だというのに、それ以上に消えてほしくないだなんて言ってくれる。

回された腕に手を添えれば、彼女の胸にじんわりと二人の優しさが広がってゆく。


「できるだけ…努力はしてみます」


言葉の大半は嘘に近い…恐らく自分はまた、命を奪う事などできないだろう。

だけど、今彼等を安心させるにはそうとしか言う事は出来なかった。でも、その言葉を聞いた二人の顔に浮かんだのは心からの安堵の笑み。その笑みを見た瞬間胸がズキリと痛み、罪悪感が胸を埋め尽くす。

(…ごめんなさい)

謝罪の意を示すかのように再度手に力を込めれば、二人は優しく彼女の頭を撫でた。


久しぶりの二人との会話はとても楽しいものだった。気がつけば時間はあっという間に過ぎ、真上にあった太陽は海に沈み始めていた。じゃぁな、と頭を優しく撫でて去ってゆく二人に手を数回振って、少女は彼の病室へと向き直る。
丁度彼の方も知り合い達が帰ったところらしく、つまらなそうにぼんやりと窓に頬づえをついているのが見えた。その顔があまりにも無防備で思わず笑ってしまう。

(昨日は顔出してないし、今日はちゃんとゴールド君のところいかないと)

それが自分の役割なんだから、と彼女は頭上に広がる大空へ漆黒の翼を広げた。

数秒後、病室に現れた彼女に、ゴールドが寂しさと昨日現れなかった怒りで怒鳴りながら抱きついたのは――また別の話。


鎌を持てない死神
(待つのは“消滅”か“生存か”)
101202 執筆
110321 編集


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