白背景中編&シリーズ | ナノ

死神と名乗る彼女に出会ってから3日目の朝。いつものように医師の診察を受け、献血を受けている間、俺はぼんやりと窓辺にとまる小鳥を見つめていた。
俺の横で俺の血を採っている看護婦は、その眼に哀れみの光を宿しながらじっと流れてゆく液体を眺めているだけ。

(つまらない…)

前まではこの時間にそんな事を思う事がなかったはずなのに、彼女に会ってから俺は彼女がいないこの時間がひどく退屈に感じるようになっていた。今まで他人と関わったりする事は最小限に限られていたため、そんなに退屈に感じることはなかった。もしかしたら、長い事この病室に一人でいたからもうそう思う感覚さえも麻痺していたのかもしれない。
でも今は違う。3日前に突然俺の前に現れた彼女は、毎日俺の部屋へと現れ、俺が寝るまでずっと一緒に居てくれた。少ないネタから絞り出した俺の話を素直に聞いてくれた。
その優しい心づかいが思いやりがとても温かくて、嬉しくて…。いつの間にか、俺はひどく彼女に会うのを楽しみにするようになっていた。彼女は俺の命を取りに来た死神だというのに。


「はい。これで今日の分は終わりだ。気がつかない程に少しずつだけれど、君の病気は回復していっているようだね。このまま諦めずに一緒に頑張ろう」
「うっス!先生!!」


もう何度この言葉を聞いただろう。「少しずつ」、「気がつかないくらいに」そんな言葉を社交辞令のように毎度毎度飽きずに紡ぐ医師。
特技の一つにもなりつつある嘘の笑みを浮かべて、大きく手を振り去ってゆく医師と看護師を見送る。
これももう何回繰り返したのだろう。俺はいつまで“元気”なゴールドを演じなくてはならないのだろう。

本当はわかっているのだ…俺の体はもう限界が近いってことが。
前まで度々だった発作が、最近は頻繁に起こるようになった。
夜中、体の節々の痛みで呻きながら起きる事が多くなった。
出された食事にもあまり手をつけられなくなった。

俺の体は、ゆっくりと、だけど、確実に“死”に向かって行っている。
それでも俺がくじけずにここまで生きているのは、きっと時々顔を見せるあの二人のおかげだろう。

診察が終わり暫くした頃、今は死人のように白い手の平を開いたり閉じたりしていると控えめに扉をノックする音が室内に響いた。


「ゴールド、入るぞ」
「調子はどう?ゴールド」
「よお、クリスにシルバー。久しぶりだなー」


ひらひらと手を振って手招きすれば、二人は呆れたようにため息をついた。そんな二人に俺は悪戯っ子うのような笑みを浮かべる。

片方は綺麗な赤毛に釣り上った銀色の瞳をもつ少年――シルバー。
もう片方は物理に反した青色の髪にぱっちりとした深い青の瞳をもつ少女――クリスタル。
生物学者のクリスタル、そして医師の卵であるシルバー。二人は俺とは世間的に言う親友という関係で、治らないと言われている自分の病気を必死に治そうとしてくれていた。


「呆れるくらいに元気そうだな…」
「まったくね、本当にアンタ病人なの?」
「おいおいひでーな二人とも。俺はこれでも病人だぜ?その証拠にほら、身体が真っ白」


見せびらかすように腕を出せば、二人は少し悲しそうに瞳を伏せて彼を見る。二人はわかっているんだ。俺が二人を心配させないように無理して元気に振舞っている事が。
痩せこけた俺の頬、少し乱れた髪、白い肌、細い体、これを見れば俺が今どんな状況下は二人にはすぐにわかってしまう。


「で、俺の方はいいとしてそっちはどうなんだよ。治療法とか抗体とか何か見つかったか?」


聞けば二人は先ほどまでの呆れ顔を一変させ顔色を曇らせた。心なしかシルバーは拳を強く握っている。

(やっぱ、見つかってねーか)

瞳を細めながらわかっていた事ながら改めて実感する。それもそのはずだ。この病気はまだ発病者が数人しかいない病気。そんなに早く治療法や治療薬が見つかるはずも、作れるはずもない。


「…まだまだ十分な資料とサンプルが集まっていない」
「それに、治療薬を開発するための資金も足りていないの。他の先生方はこれが伝染型かもしれないからって怖がってるし…」
「はっきり言ってしまえば…この病気の治療法を見つけるのは、不可能に近い」
「…そうか…」


眉間に皺をよせきっぱりと言い放つシルバーの言葉に、彼らしい答え方だと俺は小さく笑う。少しでも「もしかしたら」という希望を持った胸が空気をぬかれた風船のようにしぼんでゆく。そんな俺を見て、クリスタルは「でも!」と強く言い放った。


「私達が絶対に貴方を助けるから!どんな手を使ってでも、絶対に、絶対に助けるから!」
「ああ。まだまだ時間がかかるかもしれない…だが、絶対に治療法を見つけて助けてみせる。だから、諦めるな」


二人の言葉が熱く胸に溶け込む。

(ああ、本当に俺はいいダチを持ったな)

二人の力強い瞳を見て消えかけていた希望の灯がゆらりと灯る。だが、次に浮かぶのは彼女の言葉。


「君は今日から一週間後に――死にます」


そう…どうあがいても俺はもう長くはない。それは自分でも自覚している事だ。

俺が死んだら彼等は悲しむだろう。もしかしたら、泣いてしまうかもしれない。
でも…彼等の決意に満ちた顔を、その笑顔を、その瞳を見るたびに、やっぱり密かな希望を持ってしまう。
“生き続けられるかもしれない”…と。それは決して叶わない夢物語なのに。

嬉しさとすまなさ、ぐちゃぐちゃに入り混じった感情で歪む表情を隠すように俺は一旦俯き、そして、いつも二人に見せていた笑みを精一杯に浮かべた。


「ああ、期待して待ってるぜ!ダチ公!!」


――例え叶わぬ事だとしても、俺は…お前たちに賭けてみたいんだ。

俺の言葉に嬉しそうに頷く二人。病室には柔らかな一陣の風が舞い込む。

その後暫くは他愛もない話を交わし面会時間が終了する夕方頃、シルバーとクリスタルは病室から去って行った。
結局、その日は彼女が俺の前に現れる事は、一度もなかった。


僕が死ぬその時は
(できれば笑っていて下さい)
101201 執筆
110321 編集


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