白背景中編&シリーズ | ナノ
薄いカーテンの生地を通り抜け降り注ぐ朝の日差しが眩しくて思わず布団にもぐりなおせば、小さく扉をノックする音が聞こえた。近くにあった時計を引き寄せ時間を確認すれば朝の8時。いつもの診察の時間だった。


「おはようゴールド君。体調はどうだい?何か変わったところとか、おかしなところはないかな?」
「おはようございます先生。いつも通り快調っスよ。得におかしなとこもねーし」


布団から顔を出して笑えば医師もつられるように笑う。本当は毎晩体の痛みで魘(うな)されている、なんてそんな事口が裂けても言ってやるもんかと笑顔を浮かべながら思う。
この病とは俺だけで戦う。それがこの無機質な部屋に閉じ込められてからすぐに心に誓った事だった。
どうせ、目の前にいる彼らは俺を新たな病気の抗体を作るためのサンプルとしてしか見ていないんだろう。人を見下したような、胸糞悪い視線。いつものように決められた量の薬を投与され、血液を採取される。自分の生きている証拠が容器へと移されていくのを冷めた目で見つめれば、仮面のような笑みを張り付けた看護師と一瞬目があった。その瞳には「かわいそうに」という憐みの色がありありと浮かんでいて、気持ちが悪くなり思わず顔をそらす。
そらした視線の先には窓があり、空を一羽の鳥が悠々と飛んでいる姿が目に入った。俺は、いつまでこんなところに縛り付けられていなければいけないんだろう。鳥の姿が窓のはじに消えるまで見つめ、ため息をつく。

と、そこでふと気がつく。

(昨日のアイツがいない…)

きょろきょろとあたりを見回してみるが、真っ白に統一された部屋にあの特徴的な姿は何処にもない。

(隠れた、のか?)

だがここには隠れられそうな場所はない。見えるのは無機質な機械と、カルテを持っている医師と献血をする看護師。二人とも辺りを見まわす俺に訝しげな視線を送りつつもロボットのように作業を淡々と進めていた。

(昨日の事は…全部夢だったのか…?)

結局はそう結論付けるしかなく、針の刺されていない方の手を見つめ考える。夢でもあんなにも実在しているような感触を得られるのだろうか、と。この手には彼女を抱きしめた感触と、彼女の香りが未だにこびり付いているというのに。


「はい。今日の分はこれで終わりだ。体調もゆっくりとだけれどいい方向に行っているみたいだね。このままいければきっといつかは退院できるよ」


笑いながらそう告げる医師に俺は小さく笑いかける。

いい方向に向かっている?いつか退院できる?それは俺が生きられるという事だろうか。…俺は昨日死神に自分の死を告げられたというのに。


「本当っスか!?嬉しいなぁ!ありがとうございます、先生!!」
「うん。それじゃぁお大事にね、ゴールド君」
「うっス!」


いかにも嬉しそうという俺の演技に騙された医師と看護師は小さく笑みを浮かべ、手を振りながら部屋を出ていった。扉が閉まる無機質な音がやけに大きく室内に響く。俺は足音が遠ざかって行くのをじっと聞き、その足とが消えた瞬間笑みを解いた。
ああ、頬がひきつって痛い。これからまた、つまらない一日が始まるのかと思うと気が重くなる。腹いせに勢いよく体を倒せばベットが悲鳴を上げた。
そんな事気にもせず、俺は真っ白な天井を見上げゆっくりと瞳を閉じようとした。


「おはよう、ゴールド君」
「っ!?うおわぁっ!!」


不意に影が差したかと思えば視界いっぱいに広がる小柄な顔。思わず飛び起きれば彼女は驚いたように身を引いた。


「お、お、お前!ビックリしたじゃねーか!!驚かせんなよっ」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんですけど…」


早まる心臓を抑えて怒鳴れば突如目の前に姿を現した彼女は困ったように言った。その時。


「どうしたの?ゴールド君。そんな大きな声出して、誰かいるの?」


ガチャリ、と先ほど医師と出て行ったはずの看護師が再度扉から顔を出した。


「(やばい!なんとか誤魔化さないと…っ!)あ、ち、違うんです、あの、こいつは…そのっ」


出来るはずなどないのに彼女を隠す様に両手をバタバタと振り、必死に看護師への言い訳を考える。看護師はそんな俺を変なものを見るような視線で見て、ふと俺の向こう…彼女へと視線を向けてから不思議そうに首をかしげた。


「こいつ?…何言っているのゴールド君。そこ、誰もいないわよ?」
「…え?」


思わず聞き返そうとしたけれど看護師の表情は嘘をついているようにはまったく見えない。
もしかしてこの看護師には冗談ぬきで彼女の姿が見えていないのだろうか…。
思わずベットサイドに立っている彼女へと視線を向ければ、彼女は少し口角を上げていた。看護師は自分の横を凝視する俺を訝しげに見つめ「まぁいいわ。あんまり騒がないでね。他の患者さんもいらっしゃるから」と言い残し足早に去って行った。
取り残されるのは俺と彼女。呆然と彼女を見つめる俺に、彼女は言った。


「言ったでしょう?私は、“死神”です、と。死神はその死を告げに来た人にしか見えませんし、声も聞こえません。例え霊能力者やその類の人が来ても、決して私達は見える事も感じる事も声を聞きとる事もできないんです」


私は、君にしか見えないんですよ。そう言いきった彼女に俺は、改めて彼女が死神という事を知らしめられた気がした。

特定の、それも、死を宣告した者にしか見えないという存在。人の命を狩るという目的のみで存在する者――それが“死神”。
彼女は…そういう存在なんだと。

だけど、特定の人にしか見えず感じる事も出来ないという事に俺は思わずにはいられない。


「それって、さ。寂しく…ねーの?」
「……もう、慣れましたから」


小さな間の後紡がれた言葉かたは彼女の感情を感じることはできない。そして、目隠しをしているため彼女の表情も把握することはできない。でも、その体から発する雰囲気は寂しそうで、悲しそうで、とても慣れているとは俺には到底思えなかった。
体を起こし、ベットサイドに座った彼女と同じように俺もベットに腰掛ける。点滴がキィ…と音を立て俺の動きに合わせて動いた。その音でさえも、この部屋ではいつもより大きく聞こえる。


「なあそれ、嘘だろ」
「っ……なんで、そう思うんですか?」
「だってお前の言い方、慣れてるって感じじゃねえもん。むしろ、今にも…泣きだしそうな…」
「……ゴールド君の、気のせいですよ」


手を伸ばせばそれから逃げるように彼女は立ちあがり歩き出す。そして、俺の手が届かない少し先でくるんと回った。
薄青色の髪が窓から入ってくる光に反射して透明に近い色を放ち、それに似あわぬ黒い布がはためく。


「死神は人の死期を告げ、そして死に至った魂を次巡るための場所へと誘うのが使命。それを妨害するような感情は持ってはいけない。常に冷静に、冷酷に、淡々と――」


まるで詩の一節を読むかのようにすらすらと言葉をつづり始めた彼女。俺はその間一切言葉を発さずに、ただ彼女の言葉に耳を傾けた。


「人の頃に持っていた感情も、絆も、想いも全て捨てて、ただ冷酷に使命を遂行せよ。そうしなければ、死神としての役目を果たせなくなり…いつかは消滅する。これが、私が死んで、死神に選ばれた時に言われた言葉です」


だから、悲しいとかの感情は持たないようにしているんですよ。

そう言い切った彼女は小さく口元を歪め、どこか悲しそうに笑った。


「実は、私…ゴールド君と同い年くらいの時に死んだんです」


彼女が語ったその話は俺も頭の片隅に残っているある事件の話の中の出来事だったらしい。

それは言ってしまえば、彼女の運が悪かったという事。偶然立ち寄った本屋で立てこもりに遭遇し、騒いだならばこうなるという意味を込めた見せしめとして、怯える数人の前で彼女は殺された。
気が向いて好きな本を買いに行っただけだったんですけど、世の中怖いですね。と零す彼女はただただ悲しそうに笑う。


数年前、丁度俺が中学最後の学校生活を満喫している時。そして、この病気にかかる2年前の出来事。
ある一人の男が妻と子供に逃げられた事への腹いせに本屋へと押し込み、どこで入手したのか一丁の拳銃で店員を脅して現金を要求した。だが、その時既に危険を察知した店員が密かに警察を呼び、あたりを包囲された男は数人の人を人質に数時間にわたって本屋へと立てこもったそうだ。
警察の説得にも応じず何時間にも及ぶ緊迫感の中、突如一つの銃声が辺りに響き渡る。それは、一人の少女が殺された銃声だった。その後、男の隙をついて突撃した警察によって、男は取り押さえられ、人質も無事に救出された…その、少女以外は。脳天を一撃。即死だったそうだ。
五月蝿い奴らに騒いだらこうなるという意味を込めた見せしめとして撃った。男は警察の事情聴取にそう言ったらしい。そして後からこう付けくわえた。

殺すのは誰でもよかった。彼女を選んだのは、偶然彼女が自分の一番の近くにいたからだ、と。

今、犯人の男は死刑判決となり、刑務所に入っている。

彼女は本が大好きで、とても優しかった。学校でも沢山の友達を持ち、毎日楽しく生きていた。テレビ画面の向こうでそう発言し、泣き続ける彼女の知り合い達を俺も見た。あの時は得に自分には関係がないと、ただ「ひでー事件だな…」と呟いただけだった気がする。


だが今はそうは思わなかった。今俺の胸を支配するのはその犯人に対する“怒り”。無意識の内に握りしめた拳が熱い。

(そんなの…あんまりだ…)

ただ彼女は本が好きで、好きな本を買いに行っただけだったのに。見せしめとして?脅しの意味を込めて?誰でもよかった?そんなの理由になんかならない。
ああ、できるならば今すぐその犯人の元に行き、そいつの顔が歪むくらいに殴り飛ばしてやりたい。そんな事をしても目の前の彼女が喜ぶはずもないし、俺にそんな資格はないとはわかっていても…そうでもしないと軽く我を失ってしまいそうだった。


「…ひでーよ」


どこにもぶつけることができない怒りを拳にこめ、一発重い一撃をベットへと向ければ大きな音が上がった。


「でも…もう過ぎた事ですから。…すみません、こんな暗い話をお聞かせしてしまって」


ぐしゃっと前髪を乱す俺の前で俺と目線を合わせるようにしゃがみ、彼女はすまなそうに言う。

彼女は、優しい。
本当ならば思いっきり泣き叫びたくなるはずなのに。どうして自分だけがと、この世を、大げさに言えば神を恨んでもおかしくはないのに。そんな、死神らしくないわり切った笑みを浮かべる彼女は…本当に優しい。


「その犯人を恨んだりとか、しなかったのか?」
「…最初は流石にしましたけど、でも、そんな事思ってももう私死んでしまっていますし、どうしようもないですから。だから、あれは本当に私の運が悪かったんだって、思う事にしたんです」
「そんなっ…お前は…お前はそれでいいのかよっ!なんの理由もなしにただの見せしめとして殺されたんだぞ!?少しは“殺してやりたい”とか思わなかったのか?!俺なら、俺ならそいつを殺してやりたいって、それが駄目なら苦しめとかそんなひどい事を――っ」


俺の言葉は…最後までつづられる事はなかった。それは、柔らかい腕が俺を包んだから。その手があまりにも優しくて、柔らかくて、堪え切れなくなった感情が俺の瞳から雫となってあふれ出す。


「ん、だよ…それっ……ぅっ…ひでーよ…お前がっ……ひっく、…かわい、そうだ……っ」
「…ありがとう、ゴールド君。こんな私の為に泣いてくれて…」


――本当に、君は優しいですね。

優しく優しくただ優しく。彼女は俺の髪を柔らかく撫ぜ、小さく囁いた。それが無性に空しくて、自分には何もできないんだと、悔しくて…俺は狂ったように彼女の胸の中で泣いた。


その手で、破り去ったのは
(誰にとっても大切なモノ…)
101201 執筆
110319 編集


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