白背景中編&シリーズ | ナノ
突然突きつけられた言葉は冷たく、それでいてとても現実的だった。


「俺が…1週間後に、死ぬ?」


思わず鸚鵡返しに聞けば、彼女は肯定を示すように首を縦に振る。まさか、そんなはずが…と冗談かなにかという希望を込めて紡いだ俺の言葉は、首を横に振る彼女の無言の行動で完全否定されてしまう。


「私は君の死に様を見届けに来た者――簡単に言えば、“死神”です。君が死ぬことは天の定めによって決められています。覆す事も、回避する事も出来はしません。諦めてください」


冷たい風が彼女と俺の髪を揺らす。漆黒の空を背後にただ冷酷に俺の死を告げた――死神。

俺が、死ぬ?…1週間後に?
こんなにも苦しい思いをして必死に生きる術を考えてきたのに?
俺の命はこんなにも簡単に散っていく?


「…ふざ、けんなよ…」


あんなにも苦労したのに。こんなにも必死に生き延びようと頑張ってきたのに。突然「死神」と名乗る奴の言葉だけで俺の今までの努力はこんなにも簡単に打ち砕かれるのか。

ぐっと下唇を噛みしめ拳を握る俺を彼女はただ無言で見下ろす。何を考えているのかわからない一文字に閉じられた口元。それが何故か無性に気に障る。

(ふざけるな…ふざけるなふざけるなふざけるな!!)

今までの俺の努力を、俺の頑張りを…そんな簡単に「死ぬ」という一言で片づけて…。そんな、感情のない雰囲気で俺を見て。
八つ当たりだと、無駄な事だとわかっていても、言わずにはいられない。


「ふざけるなよ…」
「ふざけてなどいません。私は至って真剣に、そして何の隠し事などせずにありのままを伝えているんです」
「だからっ…それが、そのお前の態度がふざけてるって言ってんだよ…っ」


ああ腹がたつ。顔を隠して今自分がどんな表情をしているかを隠してただ言葉を紡ぐ彼女。
その見えない表情が、雰囲気が…毎日やって来ては機械のように俺の体を調べていく医師や看護師のものと重なって更なる不快感が渦巻く。
自然と眉間による皺を自覚しながらそれを隠すことなく、俺は目の前の彼女を睨みつける。一方の彼女は一瞬びくりと体を震わせた後、まるでそれを隠すかのように、首を微かにかしげ口を少しばかりへの字に曲げた。まるでそれはわけがわからないと訴えるかのよう。
…俺自身でもわかっている。これはただの俺の八つ当たりだ。死ぬと宣告された事に対しての不安と恐怖、そして衝撃が勝手にしでかしてしまっている、ただの八つ当たり。


「…私には、君の言っている事が少し理解できないのですが…。もしかして、君は…この私の態度が気に入らないのですか?それは、言いかえれば…ただの八つ当たりでしょう?」
「……。」
「死を宣告されたことによるショックと恐怖と不安からくるただの八つ当たり。何の意味も持たず、何の正論もない…ただの、気の迷いからくる感情の波…」
「っ…黙れ」
「別にそれを私にいくらでもぶつけられても私は構いませんが…それで君の死がなくなるなどと安易な考えなどを持っているのでしたら、そんなことはないと先に言って――」
「黙れって言ってんだろ!!」
「っ!!」


ぐさりぐさりと痛すぎる正論で俺の心をえぐる言の葉。もう聞くのが嫌になって大声で怒鳴り散らし、ギッと睨みつけると、目の前の彼女は目に見える程に大げさにビクリと肩を震わせた。


「わかってんだよ俺だってそんな事!こんなこと言ったって、お前に八つ当たりしたって…俺の死が覆るだなんてはなから思っちゃいねえんだよ!!でもなっ!」


一旦荒くなった息を整え、俺は再度彼女を真正面から睨みつける。手は自然と左胸に添えられ、皺ができる程に白い患者服を握りしめていた。


「言わずにはいられねえんだよ!叫ばずにはいられねえんだよ!!お前らはもう死んでるから、再度命を失う事はないからわからねえかもしれない!でも、俺達は今までを精一杯に生きてきたんだ!必死にあがいてきたんだ!!それを…そんな世間の論理じみた言葉を並べられて…まるで俺の人生を、俺の今までを全否定するような事を言われて…それで俺等がどんな気持ちになるかも考えもせずに……お前らの都合で、ご都合主義で、勝手に決め付けて。諦めろって上から押し付けんじゃねえ!!」


気持ちの全てを吐き出す様に息継ぎもろくにせず言いきれば、途端に喉が熱くなり数回せき込む。それはまるで天の神様に、お前の体は弱くなったんだよ、と示されているようで…悔しさで視界が歪んだ。
ふと顔を上げる。咳きこんだ事によって俯いたため彼女が今どんな表情をしているのか、少し気になったからだ。だけど…顔を上げた瞬間俺は思わず瞳を見開いた。


「…さい…」
「え…?」
「ごめん、なさい…」
「っ!」


目の前の彼女は…泣いていた。

布越しにでもわかる程に…そう、誰が見てもわかる程に彼女は、泣いていた。頬を伝い落ちる雫は床に小さな小さな水玉を作りそれは次第に増えてゆく。ごめんなさい、そう言葉を紡ぐ彼女に俺は何も言えずにただ彼女を見続ける。


「そんなつもりじゃ、なかったんです…君を傷つけたいわけでも…君を怒らせたいわけでも、なかったんです。…ただ…私、どうやれば君に死を受け入れてもらえるか…わからなくて…っ、考えて…それで…っ」


本当に、ごめんなさい。

紡がれた言葉はか細い。先ほどの冷静で冷徹な言葉からは想像もできないほどに、今の彼女の言葉は不安と悲しみで揺れ、掠れていた。俺はなんて言っていいのかわからずにただ視線を彷徨わせ、必死に言葉を探す。でも、今この場に一番似合う言葉がどうしても見つからない。


「え、あ、いや…お、俺も悪かったっス。いきなり怒鳴ったりして…八つ当たりじみた事言って。…その、ごめんな」


なんとか紡ぎ出した言葉は情けない程に小さかった。それでも彼女には届いたらしい。彼女は俯きかけていた顔を上げ、必死な様子で言葉を紡ぐ。


「違うんです…君が謝ることは、何一つないんですから…っ。私が、悪いんです…っ、ほんとに、私が…っ」
「そ、そんな事ねーっス。俺の方にも悪い所あったから」
「いいえ…私が悪いんです。ごめんなさい…本当に、ごめんなさい」


絶えず流れ落ちる涙は次第に量を増やして小さな水玉を描き出す。
どれだけ俺が慰めの言葉をかけても、「大丈夫だ」と言い聞かせようとしても彼女は自分が悪いんだと言い続ける。
最終的には万策尽きて俺は目の前で泣き続ける彼女を突っ立ったまま見続ける体制となってしまった。どうやっても、どんな言葉をかけても、彼女は泣きやむ様子がない。俺は、女の子をナンパしたり笑わせたりするのは得意だが、実は泣いた女の子の扱いが一番苦手なのだ。
ここに親友である二人がいればなんとかできると思うがこんな時間帯に起きているわけがない。恐らく看護師を呼んだとしても、まずどうやってここに入ったかを問われてしまうだろう。ここは普段、入室禁止なのだから。
忘れてはいたが俺は病人。しかも未だに治療法が見つかっていない不治の病ときたものだから、もしかしたら人にうつしてしまうかもしれないという危険性もある。
そんな事をあれやこれやと考えるうち、もうどうでもよくなって俺の体は自然と動いていた。


「あーもうっ、めんどくせぇっ!とにかくお互いが悪いって事でいいだろ!!はい!これで万事解決!!だから泣きやめっ!」
「むぐっ」


彼女の体を強引に引き寄せ自分の胸の中へと抱きこむ。見た目的に小さいと思っていた彼女の背丈。実際に抱きしめてみると思った以上に彼女は小さく、俺の肩ぐらいまでしか身長がなかった。
そのままぎゅうと抱きしめれば、先ほども感じた柔らかな花の香りが鼻腔をくすぐる。腕の中でむぐむぐと動く薄い青の髪の毛に顔を埋め、俺は大きなため息を一つ。


「あ、あの…怒っているんじゃ…」
「もうどうでもよくなっちまったよ、んなこと。とにかく泣きやんでほしいっス。それじゃねぇと、どう対応していいかわかんねぇ…」


ああまったく、本当に俺は泣いている女子は苦手だ。

己自身に呆れてため息をまたつく。暫くして腕を緩め、中の少女を見れば、未だに若干鼻をすする音が聞こえたがもう泣いてはいなかった。それにまた安堵のため息をつく俺に、彼女は未だ少し掠れた声でゆっくりと言った。


「君は…優しいんですね」


その言葉は彼女の口から発せられるにはあまりにも場違いな気がして、俺は思わず頬を緩ませた。


言われた言葉はあまりにも
(温かくて、今度はこっちが泣きそうになった)
101130 執筆
110303 編集


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