白背景中編&シリーズ | ナノ
さわやかな風が彼等の特徴的な髪を撫ぜる。この場所独特の香りに、クリスタルは小さくせき込んだ。


「大丈夫か?無理しなくても…」
「大丈夫よ。心配しないで、シルバー」


隣で黒いスーツに身を包んだ彼は、いつもの白衣姿よりもしっくりきている。その可笑しさにくすくすと笑えば、彼はムッと眉間に皺を寄せた。


「なら行くぞ。俺もお前も、時間がおしているんだ」
「ええ」


ヒールとビジネスシューズの特徴的な音が、静かな墓地の中に響く。音が止まったのは、一番奥から少し前のまだ真新しい墓標の前。
そこには新しい線香と、綺麗な花が添えられていて、彼等は瞳を見開いた。


「先客がいたか」
「おかしいわね…確かゴールドのお母さんは、私達の後に来るって言っていたのに」
「どうせ、アイツが生きていたころにナンパしていた女子だろう」
「そうなのかしら…それにしては丁寧だし…それにこの花、あまりお墓に添えるものではないと思うんだけど」


うーんと首をひねるクリスタル。興味ないといった顔のシルバーはそっと墓標の端についていた土を手で払った。自分たちの目の前にある墓標にはある少年の名前が刻まれている。

――“Gold”

石に掘られたその溝をなぞりながら、クリスタルは持ってきた線香をつけ、花を添え手を合わせる。シルバーも女に続くように線香をつけ、花を添え手を合わせた。

彼の死から…もう2年が経とうとしていた。
不幸にも何万分の一の確率で不治の病にかかってしまった自分達の親友。自分たちの知識がまだまだ未熟だったせいで、彼は16という、まだ若すぎる年齢でこの世を去ってしまった。

自分達がもっと早くに治療法を見つけていれば…。

その後悔を未だに引きずりながら、二人は今を生きている。
当時、不治と言われていたその病。だが今は、効果的な抗体、治療法が出来上がりその病で死ぬものは減っていた。その薬がその時にできていれば、と我儘な事を思ってもしまうが、あの時はまだまだ発病者も少なく、資料も資金も少なかった。
どう考えても状況的に無理だったのだ。どうあがいても彼は救えなかった。

二人の髪を揺らす一陣の風。その風に交じって、柔らかな花の香りと子供のはしゃぎ声が聞こえてきた。
少しの間、彼の墓標に手を合わせ、二人はゆっくりと瞳を開く。手早く片づけをすると、クリスタルは満足げに頷いた。


「それじゃ行こうか、シルバー。教授達首を長くしちゃう」
「…ああ」


この後に予定されている議会を想像したのか、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。そんな彼に苦笑しながら、クリスタルは一歩を踏み出した。その時。


「っ!」
「うわあっ!」


突如足に走った衝撃。傾いた彼女の体は間一髪でシルバーが引き留め、彼女の足の前に小さな人影がコロンと転がる。


「あ、ありがと、シルバー」
「いや、それよりも…お前の足の前のやつ、大丈夫か?」
「え?」
「いったぁ〜…」


足元から聞こえてきた、少しだけ高いボーイソプラノ。打ったのだろうか、頭を押さえながら起き上がる少年が一人。
慌てたように、クリスタルが手を差し出そうと少年の顔を覗き込む。だが、その少年の顔を見た瞬間、彼女と、彼は、動きを止めた。

彼と同じようにキャップを後ろにするという特徴的な帽子の被り方。
その前からピョコンと飛び出す爆発したような前髪。
格好も小さい頃の彼と瓜二つで、それどころか黄金色に輝く瞳までもが一緒だった。


「ゴー…ルド?」


嘘でしょ、と手で口を押さえるクリスタル、絶句するシルバー。
少年は服に付いた砂を軽くはたき二人をキョトンとした瞳で見上げた。それから慌てたように、頭を下げる。


「ごめんなさい、僕、前見ていなくって」
「え、あ、ああ、いいのよ。それは私も一緒だもの」
「…次からは、気をつけるんだぞ?」
「はい!」


思わず上(うわ)ずってしまった声。それでも少年はそんな事気にする素振りを見せず、ただただ無邪気に笑った。

ああ、笑顔までもがそっくりだなんて…なんて運命のいたずらなんだろう。


「ヒビキー!何してるの〜?お母さん達もう行くってよー」
「あ、コトネ!ごめん!今行くよ!」


向こうから顔を出した少女に返事を返し、少年はもう一度ペコリと頭を下げて去ろうとする。


「あ、ま、待って!」


それを思わず止めてしまったのは、きっと無意識。
不思議そうに此方を見つめる少年を見ながら、クリスタルは、どう言葉を紡ごうかと頭を回転させる。


「君、名前はなんてゆーの?」
「僕?僕は、ヒビキ。ヒビキっていうんです」
「そう、ヒビキ君っていうのね。ねぇヒビキ君、君将来何になりたいとか将来の夢とかって、ある?」
「夢、ですか?」


うーんとヒビキは首をかしげ顎に手を当てた。
その仕草すらも彼を連想させて、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


「えーと、まだしっかり決めていないけど、僕は将来、沢山の人を幸せにするような、でっかい事を成し遂げられるような人になりたいんです!」
「俺、将来、沢山の人を幸せにするような、でっかい事を成し遂げられる人間になりてーんだ!」


少年の声に重なるように彼の声が二人の頭に響く。
姿、形、仕草、それだけでも十分だというのに、夢も一緒だなんて…。
とうとう堪え切れなくなったのか、クリスタルの頬からは一粒の雫が流れ落ちていた。ヒビキは自分が泣かせてしまったのかと勘違いしたのか、わたわたと慌てだす。


「あ、あの、大丈夫ですか?も、もしかしてさっき僕が強くぶつかったせいでどこか痛めたとか!」
「ううん…そうじゃないの。ただね、貴方にすっごくよく似た人を私達は知っているの。君の語った夢がその彼の夢と一緒だったから、つい…」
「僕と、同じ夢」


ヒビキはクリスタルを見上げる。


「じゃぁじゃぁ!その人はでっかい人間になったんですか?」
「それは…どう、かしらね」


そうとしか答えられないのが苦しい。ヒビキは少しだけ残念そうに「そうですか…」と言った。
そんな彼を慰めるかのように、今までずっと黙っていたシルバーがいきなりヒビキの髪を軽く撫でる。


「え、えと…」
「でっかい人間っていうのはな…」
「は、はい!」
「全人類が認めるとかそういうのじゃなくて、ごく僅かでも、一握りの人間でもそう思ってくれる人間が居れば、そいつはそいつらにとってでっかい事を成し遂げた人間となるんだ。だから、諦めるな。とことん、夢を追い続ければいい」


彼にしては珍しく、柔らかな表情を浮かべ彼は言った。それを聞いたヒビキは元気よく「はい!」と頷く。


「ヒビキー!本当においていくよー!!」
「ま、待ってよー!えと、あの、あ、ありがとうございました!!僕、頑張ります!」
「ええ、応援しているわ」
「ああ」


途中何度も転びそうになりながらもかけてゆくその幼い背中。大きなリボンの着いている特徴的な帽子を被る女の子のもとにたどり着くと、すまなそうに頭を下げてから一瞬だけ此方を見つめ小さく手を振って去ってゆく。
完全に少年少女達の姿が見えなくなった頃、クリスタルは中腰にしていた腰を上げた。


「最後…どうして手を振り返してやらなかったんだ?」
「それを言うなら、シルバー、貴方もよ」


まるで嵐が去った後のように静まり返った墓地に風が吹く。
それが吹きやむのを待って、仏頂面のまま、彼は言った。



「どうしても、あいつは俺達にではなく俺達の“後ろ”に手を振っているようにしか見えなかったんでな」
「珍しく意見があったわね、私もそう感じたわ」


くるりと振り返れば後ろにあるのは、彼の墓標のみ。その周りに人影はなく、すぐに隠れたとも考えずらい。まずそんな事するのは流石に悪戯が過ぎている。
それに、あの少年の性格からして、流石に初対面の人物にはあんなに簡単に手は振らないはずだ。

また、風が二人の髪を撫ぜる。
暫しの沈黙…。


「…行きましょうか」
「ああ」
「あ、そういえばさっき私達よりも先に添えられていた花なんだけどね」
「なんで今その話をするんだ…」
「いいから聞きなさいよ。その花、普段はあまりお墓に添える花ではないのよ」
「へぇ、なんていう花なんだ?」
「“ワスレナグサ”っていうの。ちなみに、花言葉は――」


ゆっくりと歩み出した二人はもう、後ろを振り返ることはなかった。




△ ▼ △





母が待つ車へと向かう少しの間。
お互いの手をしっかりと繋ぎながら、少年――ヒビキと少女――コトネは歩く。


「ねぇ、ヒビキ」
「なぁに?コトネ」
「最後、誰に向かって手を振ってたの?あの綺麗なお姉さんとお兄さん?」
「ううん、違うよ」


コトネの言葉を否定し、ヒビキは再度今しがた通ってきた墓地の道を見つめた。


「あのお姉さんとお兄さんの後ろにお墓があったでしょ?その上と後ろにカッコいいお兄ちゃんとお姉ちゃんがいたんだ。お兄ちゃんは僕にそっくりでね?そのお兄ちゃんが笑って手を振ってくれたから、僕も振り返したの。コトネも見たでしょ?」
「えー見てないよー。しかもヒビキとそっくりのファッションしている男の人ってそういないし、目立つでしょ?すぐに気がつくって!」
「嘘だぁ!絶対に居たもん!」
「私は見てないよ。あ!もしかしてヒビキが見たその人って幽霊だったりして!」
「ち、ちがうよ!!」
「お母さーん!ヒビキがねーー…」
「ほ、本当なんだったら!待てよコトネー!」


笑いながら走ってゆく少女。それを必死に追う少年。
次第にその声は遠ざかり、墓地はまた静けさを取り戻す。

そんな墓地の一角。真新しい墓標の上で、一人の少年と一人の少女が、お互い顔を見合わせて小さく笑い、消えた。


生命は巡る
(それは、“継承”されてゆく)
101204 執筆
110325 編集

end

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