白背景中編&シリーズ | ナノ
奇跡の生還者として、そしてその病に初めて打ち勝った患者として、俺は新聞に盛大に取り上げられた。
俺の体からは病を殺す抗体が発見され、それはシルバーとクリスタルの力によって、この病に苦しむ人々のもとに届けられている。もうすぐ予防薬も開発できそうなんだと、彼女達は嬉しそうに話に来たのは、まだ記憶に新しい。

それから暫くして、俺は厳しい身体検査を全てクリアし、医師からやっと退院許可を貰え無事に退院することができた。

そんな慌ただしい日々が続いていつの間にか1カ月が経った、ある日。

もう、世間が俺の事を奇跡の子として騒ぎたてるのはなくなってきた頃。
少しの息抜きとして家から出た俺の足は、自然と数年前に事件が起きたあの本屋へと向いていた。事前にチェックした道筋を辿れば、すぐに見えてくる見覚えのある建物。少し古びたその本屋は、今はあんな事件などなかったかのように静かだった。

自動で開く扉から店内に入り、特に用もないのでぶらぶらと本棚を散策してみる。本はあまり好きではない俺だから、並べられている本のほとんどはあまり意味がわからない。ここはいっちょエロ本に行ってみるか、と無駄に意気込み、其方(そちら)へと足を向けると、不意に視界にやたら明るい青が映りこむ。
思わず立ち止まり、それをよくよく見てみると、“文学コーナー”と描かれたなんとも難しそうな本棚を漁る大人しそうな女子学生が一人。格好からして丁度俺と同い年くらいだろうか。だが背は俺の肩ぐらいまでしかない。
特に気にする事もないかと他の人は思うだろう。だが、俺はその姿を見て思わず瞳を見開いた。
女子学生があまりにも、彼女に似ていたから――…。

正直、あの時の記憶は今はあまりよく覚えていない。でも、彼女が最後に言った言葉は何故か時間が過ぎても、忘れることはなかった。

脳裏に浮かぶのは、彼女の最後の言葉。


「あの、もしもなんですけど」


女子学生は買う本を決めたらしい。一冊の本を大切そうに抱え、レジへと足を動かした。特にこちらを気にする仕草もなく、足早に俺の横を通り過ぎてゆく。


「君が生き返って、まだ、私の事を覚えてくれていたなら…」


「ありがとうございました」というマニュアル本通りの店員の台詞で意識が覚醒し、俺は弾けるように走り出す。店員に何か言われたような気がしたけれど、そんな事気にする余裕などなかった。


「それでいて、もし、よかったら」


店を飛び出し、キョロキョロと辺りを見回す。
さっき店を出たばかりなのだ、そう遠くには行っていないはず。
荒い息を整え改めて辺りを見渡した。と、少し先の人混みの中に、一際目立つ綺麗な青。


「私を――」


はぁはぁ、と息が切れる。今までずっとあんなせまっ苦しいところにいたのだ。体力も運動神経も鈍っているのだろう、それでも俺は体に鞭打って走り続けた。

走る俺の脳裏には、彼女の嬉しそうな笑顔が声と共に再生される。


「私を――…」


あと数m、だけど道行く人のせいで手が届きそうで届かない。
ああ、この感覚がもどかしい。
俺は腹いっぱいに空気を吸い込んだ。


「私を、見つけてくれませんか?」


「なまえっ!!」


道行く人全員が驚いた顔でふり向く。その一番先に彼女がいて、俺を捉えるとその青い瞳が大きく見開かれた。


「ゴールド、君?」


足早に彼女に近寄り、人目も気にせず抱きしめる。前に抱きしめた時と変わらない身長、変わらない香り、ただ一つ違うのは“温もり”と“鼓動”が感じられるという事。
俺の腕の中の彼女はもぞもぞと動き、俺へとビックリした瞳を向けた。その瞳は少しだけ潤んでいる。


「本当に…本当に、ゴールド君ですか?」
「俺以外に、誰がいるっていうんスか?」


ぎゅううと抱きしめれば彼女もそれに負けじと抱きしめ返してくる。


「よかった…本当は、すごく心配だったんです。あの約束、生き返った時忘れちゃったんじゃないかって」
「そんな事するわけないだろ。俺は約束を必ず守る男っス」
「そう、ですね」


くすくすと腕の中の彼女が笑う。
ああ、彼女は本当に今此処にいるんだと確かめるように彼女の額触れるだけの口づけを落とせば、彼女はくすぐったそうに身をよじり、俺の首に腕を巻き付け更に抱きついてきた。密着することでふわりと鼻腔をかすめるあの優しい花の香り。


「…約束、守れてよかった」
「ありがとう、ゴールド君。私を…私を見つけてくれて――」


一陣の柔らかな風が、吹いた。


Forget Me...not
(私を忘れないでいてくれて、ありがとう)
101203 執筆
110325 編集

end

next Another story

−12/15−

目次
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -