彼女に俺の死を告げられてから6日目。とうとう、ベットから起き上がるのも困難になってきた。
「はぁ…」
まるで自分の物ではなくなったように動かない体。
死に近づくにつれ、俺の口からはやたらため息が出てくるようになった。ため息を吐くと幸せが逃げていくと言われているが本当らしい。ここ最近気分があまり上がらない。
つい先日までやたらここに顔を出していたシルバーもクリスタルもあまり顔を見せなくなった。恐らく病気の治療法について何か手掛かりを発見したのだろう。
何か手掛かりが会った時二人はそれに没頭するのであまり顔を出さなくなるのは昔からの二人の癖。俺もそれを重々承知しているので特に気にするわけでもない。だからってこの退屈がまぎれるわけでもない。
もう俺の気晴らしは、“死神”である彼女との他愛ない話となっていた。
「最近、あの方達来ませんね」
「あの方達って…シルバーとクリスタルの事か?」
「はい。前まではあんなに頻繁に来ていたのに、最近は顔を見せていないなと思いまして」
「あー…まぁ、なんか俺の病気に関する発見とかあったんじゃねぇかな。アイツらそういうの見つけるとそっちに没頭して顔見せなくなるから」
まったく俺をほっぽって酷いよな、とお茶らけて見せれば、彼女は苦笑した。
最近…彼女の表情が瞳を隠してもわかるようになってきた。最初は布越しで彼女の表情を窺う事は到底できないと思っていたけれど、彼女と過ごすうち布越しでも彼女の表情が次第に分かってきたのだ。
そしてそれによって彼女は俺が思った以上に表情豊かな事がわかった。たったの数日間一緒にいただけだというのに、彼女は俺の中でそんな事もわかるくらいに大切な人になっていたらしい。
「なぁ、」と声をかければ「なんですか?」と不思議そうな声が返ってくる。
「お前は俺の死を見届けに、言いかえれば命を採りに、来たんだよな…?」
「っ……はい。その、通りです」
「そっか…」
「…?」
「いや…別に深い意味はねーんだけどさ。確認しておきたかったっていうか…なんというか」
上手い言葉が見つからずに首をひねっているとこちらに向かってくる足音が聞こえる。
顔を横に向ければ、少し表情の暗い彼女が立っていて…。
きゅっと閉じられた唇とか、風に撫ぜられて揺れる髪だとか、入ってくる日光で鈍く光る日に焼けていない白い肌だとか、本当は彼女は“死神”じゃなくて“天使”じゃないんだろうかと思うくらいにそれは神秘的な光景で、俺の視線は自然とそのすべてにくぎ付けになっていた。
だからだったのだろう…俺は目の前の彼女が一瞬だけ泣きそうな顔になったことに気がつかなかった。
「ねぇ、ゴールド君」
「なんスか?」
「君は、…」
一旦言葉を綴り、まるでその先を言うのを躊躇うかのように彼女は口を開閉する。
きっと彼女にとっては言いだすのにかなり勇気がいる言葉なのだろう。俺は無理に先を聞き出そうとはせず、ただ彼女が続きを語りだすまで辛抱強く待った。彼女は暫く金魚のように口をパクパクさせた後、意を決したようにゆっくりと口を開く。
「君は…まだ、生きたいですか?」
思わず、絶句した。
それは、本来死神ならば決して口にしないであろう言葉のはずなのに。でも、目の前で俺を見つめる彼女の雰囲気は真剣そのものだった。
生きたいか、と問われたならば答えはもちろん一つ。
「…生きたい。まだ、俺は生きたい。生きて、もっといろんな事を知りてぇし、様々な事に挑戦したいし、それに、恋もしたい。望む事が出来るなら、望んでもいいのなら、俺は…もっと、もっと――生きたい」
それはもう叶わぬ事だとわかっているけれど。
俺の返事を聞いた彼女は暫く俺の言葉を咀嚼するように、その言葉を見定めるように、口を閉ざし、そして、ただ一言。
「そうですか」
そして、彼女はどこか吹っ切れたように、笑った。
ラストダンスを君と(叶わないとしても望んでしまうんだ)101203 執筆
110323 編集
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