白背景中編&シリーズ | ナノ

「なぁ、お前自分の事“死神”って言ってたけどさ。やっぱり“死神の鎌”とかってそういう特別な道具的なもんあんのか?」


“死神”と名乗る少女に出会ってからもう5日目。
いつものように朝の診察を終えたあとに姿を現した、彼女と世間話をしていた時に浮かんだ疑問。彼女は“死神”と名乗っていたがそれを証明するような武器などを一度も見た事がない。その好奇心はあっという間にむくむくと膨らみ、耐えきれなくなった俺は冒頭の台詞を言った。

突然の俺の質問に、窓際で小鳥と戯れていた彼女は少し首をかしげ、考える素振りを見せる。そして数秒たってから理解したのか「ああ」と呟いた。


「ありますよ。私達の間では“デス・サイズ”って呼ばれているんですけど…」


流れるような動作で彼女が手を前に出せば、次の瞬間にはどこからか彼女の身長と同じくらいの大鎌がその手中に現れる。
柄も刃も全てが真っ黒な、まさに死神の鎌と呼ぶに相応しい大鎌。軽く振りおろせば微かに空気の切れる音がする。


「おお、すっげー!なぁ、これ俺にも触れるのかな?…っ…」


勢いよく体を起こせば体中から悲鳴が上がる。思わず眉間に皺を寄せ蹲ると彼女が慌てたように近寄ってきた。


「あの、無理はしないでください。もう君の体には限界がきていますし…」
「だ、大丈夫だって。それは俺も、わかってる、から」


できるだけ明るく言えば、それとは対照的に曇る彼女の表情。ぎゅっと俺の服の裾を弱弱しく握り、何かに堪えるように唇を強く結んでいる。その顔に俺の胸が痛み、思わず彼女の名前を呼ぼうと口を開いたが、はたと気がついた。

(俺は…コイツの名前を知らない)

今まで“お前”で普通に通じていたため気がつく事が出来なかった。この状況でやっと気がついた事実。
もしかしたら彼女には“死神”という大雑把な名はあっても個の名前はないのかもしれない。でも、そうだとしたら、俺は彼女のみを呼ぶ事も、名を呼んで慰めてやる事もできない。まぁまず彼女以外の死神を俺は感じる事も認識する事も出来ないから前半部分は対して問題はないだろうけれど…。

そっと彼女の頬に手を伸ばせばその動きに沿うように彼女は俺を静かに見据える。その顔は瞳は見えなくとも今にも泣きそうな感じがして、布の奥の瞳は切なげにゆれているような気がして…俺の体は自然と動いていた。前に彼女が俺にしてくれたように体を優しく抱きよせ、もう骨と皮に近くなった胸へと誘(いざな)う。抵抗を一切せず、彼女の小柄な体は俺の腕の中にすっぽりと収まった。

(うわ、ほっそ)

見ていた時にはわからなかったが抱き寄せればよくわかる彼女の体の細さ。少し力を込めれば簡単にへし折ってしまえそうなほどに彼女の体は小さく、そして細かった。
そして、やっぱりこいつは“死神”だと再認識させられたのは、体全体を通して伝わるはずの“温もり”と“鼓動”が伝わってこなかったから。
どんなに神経を集中させても感じない生きている証拠。胸に抱く彼女の体からは何も感じることができない。まるで虚空を抱きしめているかのような感じ。やっぱり、彼女は死んでいるんだと、嫌にでも感じさせられる。


「あの…ゴールド、君?」
「え?…あ、ああ、な、なんスか?」
「いや、えと…あの、どうして私は君に抱きしめられているんでしょうか…?」
「そ、それは…」


やばい、無意識だったからいい言い訳が考え付かない。

彼女を抱きしめたままどう言い訳を言おうか「あー」とか「うー」とか唸り必死に言葉を探すが、こう言う時に限って俺の頭は正常に働いてくれない。

(俺、今すっげー格好悪いよな、絶対)

どうしようかと焦り、暫く唸っていると不意に腕の中から小さな笑い声が聞こえてくる。少しだけ力を緩めて俯いている彼女の顔を覗き込めば、彼女は――笑っていた。


「な、なんで笑ってんだ?」
「いえ、ゴールド君があまりにも必死に考え事をしていたので、少し悪戯が過ぎたと思いまして」
「へ?」


――本当は、なんで抱きしめられているのかとか、君が私を抱きしめた理由とかなんてどうでもいいんですよ。

悪戯が成功した子供のように言葉を紡ぐ彼女に、思わず気の抜けた間抜けな声が口から洩れる。そんな俺の声を聞いて彼女は再度笑い、予想外にも今度は彼女の方から俺に腕を回してきた。
お互いの体温を交換するように、ぎゅっと力を込めてくる細い腕、胸に感じる柔らかい感触、それの正体を俺は知っているからこそ自然と熱がこもる。
そんな俺の心情など気にもせず、彼女は大きく息を吸い、そしてはく。彼女が息をするたびに、その吐息が首筋にあたり大げさに肩を揺らしてしまう。


「君は…温かいです」
「…そうか…」
「本当に、本当に、温かいです。…私とは、正反対です」
「んな事ねーよ。…お前も、十分あったけー」
「…そんな事あるはずないですよ」


――だって私、死んでいるんですから。

そう言った彼女の声色はとても悲しそうで…俺は彼女の体をまた抱きしめる。


「そうやって自分をあまり卑下しないでほしいっス。“死んでいる”“死んでいない”なんか関係ねえ、お前は暖かい。俺にはわかる」
「…そう、ですか…嬉しい、です」


俺は彼女には見えないように小さく笑い、「そっか」と零した。

ふと、視線を落とせば彼女のもう片方の手に握られている鎌が見える。俺は自分の腕におさまる彼女と鎌を数回見て、思わず思ってしまった。

(こいつには…鎌は似合わねえな)

と。

この黒いフォルムも、人を切り裂く事が出来る刃(やいば)も。全部全部、人の命を刈り取るモノは、彼女には似合わない。
むしろ彼女には、笑顔だとか花とか、可愛らしいものや人を幸せにするものが似合う、と思う。個人的に。いや、厭らしい意味とか抜きで率直に。

ぼんやりとそんな事を考えながらそっと青い髪を撫でてみる。引っかかることのない指通りのいい髪。一撫ですれば柔らかな花の香りが鼻腔いっぱいに広がた。
その香りに酔いしれながら、彼女の頭を再度撫でれば背中に回った手に少しだけ力がこもった。微かに震えるその手。俺はあえて気が付いていないふりをしてまた彼女の髪を撫ぜる。


「ありがとう、ゴールド君」
「…ああ、どう致しまして」


か細く絞り出されるようにして紡がれたその言葉に、俺は小さく頷いた。


君に大鎌は似合わない
(零れる嗚咽は…聞かなかった事にした)
101202 執筆
110323 編集


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