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一二三様へ相互記念/三日月/シリアス



 主はよくどこかに帰ると言っているが、いったいどこに帰るというのだ?此処が帰る場所では無いのか?俺は素朴な疑問を口にした。主は、くりりと眼を大きくし。え、……だって三日月さん、此処は私の帰る場所じゃありませんよ。そう言って笑った。
俺がその意味を真に理解したのはその問いを投げかけて、幾度目かの季節が廻った、寒い冬。
 


「ナマエ、――入るぞ?」


 最近、とんと姿を見せることがない主。ひんやりとした部屋に足を踏み入れ「おお寒い、寒い凍えてしまいそうだ。主、温めてくれ」ふざけ言を口にした俺に、布団に横たわる姿は静かに笑った。体調を崩したのだと、数日前に言っていたがどうなったのだ?よいしょ、と腰をおろして。燭台切に持たされた粥の蓋を開ける。掬う動作をし、口へと運ぼうとするそれを、細い指が止めた。食欲が無いの。ぽつりと落とされた呟きに、無理強いするのもなんだと思い、ぽちゃり。静かに落とし向き合った。さら、と触れた頬はずいぶんと円やかさを欠いていて。食さなければこうも弱るのかと、思う。触れる手に擦りつく猫のような愛らしさ。目を細めて、核心に触れたいそう思って俺は思っていたことをなあ。と口に出した。



「憂いごとは何か、俺には教えてはくれぬのか」
「うれい……?」


 ああ、そうだな。ナマエが浮かない顔をしている。その理由を教えてはくれぬか。噛み砕いた言葉に、ナマエはきゅ、と唇を真っ直ぐにした。やはり、無理か……。落ち込む旋毛に、何事かを呟く声。長らく共に歩んできてくれた、貴方にこれを口にして良いのか。分かりませんが……。


「審神者を、辞そうと思っています」


 落とされた衝撃に固まる身体。なぜ、問う言葉に−−私は、おそらく長くは無いと思います。そう言って笑う頬は真白で。そっと優しく触れ−−ならば。此処で、最期まで一緒に居ることはできないのか……。苦し声の願い事は、ゆるりと振られた頭によってばさりと切られた。



「三日月さん、−−私はあちらで眠りたいのです」


 ああ。――それは、暗に此処は還る場所でない。そう告げるようで。だが…。開こうとした口をきゅ、と閉じた。脳裏に浮かぶは、以前言っていた言葉。
 これ以上は、きっと。何を言っても駄目なのだろう。悟った俺は、皆には秘密ですよ苦笑する顔に静かに頷いた。


「それから……最後の我儘、聞いてくれますか?」



++


 あるじ様、大将、あるじ殿、ぬし様……と囲まれた後、送り届ける横。今の今まで気力で持たせていたのだろう。くたりともたれ掛る身体。大丈夫か?目で訴えて。静かに頷く唇からは荒い息が漏れていた。皆は、何も気づいていませんでした?ああ、早く帰ってきてと言っていたぞ。俺も、本当はそう思っている。そんな本音は、そっとしまって。替りにゲートへと歩む背をそっと押した。いつもの倍の時間をかけてたどり着いた扉の前。幾度も幾度も見送った背がひどく遠く感じた。私の替りは、すぐに来るように手配しています。ああ。分かっている。それまでに皆を納得させる。だから、主は何も。心配なぞ……しなくて、良いのだぞ。ああ。俺は、きちんと言えたのだろうか。目を見ることが出来ず、俯くそんな俺を目にして。ナマエは、柔らかな声で。


「……最後まで、ありがとう三日月さん。どうか、どうか……お元気で」


――……そっと、上げた面。両の目が捕えた瞳は。泣き笑い、雫を零していた。――っ。手を伸ばしてぬぐい取ろうとした時、ナマエの姿はかき消えた。哀しみを拭うこともなしに消えてしまった愛し人、指先を動かしてしくりと痛む胸をかき乱した。ぽたぽたと、季節外れの、雨。すべて流れ、消えてしまえば良い。そう思う反面。いつまでも覚えていたいと叫ぶ心。ナマエの帰る場所でありたかった。


季節外れの雨に願いを託す。
(そうであれば、きっと。こんなにも、別離の苦しみに悩まされることは、なかっただろう)


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