hit記念企画 | ナノ
 僕は兼さんの助手ですから。それが、近侍である堀川国広の口癖だ。初めて彼が私の目の前に現れたときも自分の事よりも兼さんという人の事を気にしていた。
 それは会った時だけじゃない、それ以降も何かあれば兼さん、兼さん、と言い続ける。その兼さんという人が、刀の和泉守兼定だと知ったのは兼定が来た時の事だった。
 誰よりも喜び、誰よりも先に彼へと話しかけた。その顔はとても嬉しそうで、それからずっと彼は兼定の傍をくっついて動く様になったのだ。
 それでも、近侍の仕事には支障が出ないようにはしてくれたし、他の刀とも仲良くしている。そこは人当たりがよく、容量がいい彼の性格だからこそできることなのだろう。
そして、そんな彼にいつしか私は他の刀に対して向ける気持ちとは違う気持ちを持ち始めていた。
 けれど、その気持ちを明かすことはできない。なぜなら、相手が刀の付喪神である刀剣男士だからだ。
 付喪神といえど神は神。私が審神者になった時、人と神の恋路は御法度だと、政府の人から耳にタコができるほどに聞かされている。
 それを破って刀と駆け落ちする審神者もたびたび報告されてはいるが、私はそんな事を実行する勇気はなく、何より堀川国広の気持ちが私に向いているかどうかさえ分からない状態。上がってくる報告を聞きながら、勇気があるなぁ、と小さく感想を零すことくらいしかできなかった。

 かさりと紙が擦れる音がする。こんのすけから渡された政府からの報告に目を通しつつ、私は小さく息を吐く。


「また駆け落ち、ね…」


 紙の端に小さく綴られた文字をなぞり、頬杖をつく。


「主さん、いますか?」


 不意に障子の向こうから聞こえてきた声にぴんっと背筋が伸びた。「いるよ」と返事を返せば「失礼しますね」と一声返ってきて障子が開く。
 入ってきたのは先程まで私の思考をうめていた彼だ。初期刀である兄弟刀の空色の瞳よりも少しだけ深い海色の瞳が私を映して、小さく表情が和らぐ。


「どうしたの?何かあった?」
「いえ、特にはないですが、今朝以降姿を見なかったので体調でも悪いのかと思って」


 ずっと部屋に籠っていたようでしたから、と言われて初めて今日、朝食後トイレ以外に自分の部屋から出ていないことに気が付いた。何かに思考を集中させてしまうといつもこれだ。久々に私の悪い癖が出てしまったらしい。
 きっとそんな私を心配してきてくれたんだろう、堀川国広は私の傍まで来て向かい合う様に座るとどこか心配そうな顔で見てきた。


「大丈夫、ちょっと考え事をしていただけだから。気にしないで」


 心配させまいとへらりと笑っても彼の顔色は曇ったままだ。


「本当に大丈夫ですか?もし無理しているならすぐに寝床の用意をしますよ?」
「ほ、本当に大丈夫。心配しないで」


 じりじりと詰め寄ってくる彼に思わず身を下げれば、暫く訝しげに私の顔を見た後、ふぅ、と小さく息を吐き綺麗な顔が少しだけ離れていく。


「それならいいです。でも、無理はしないでください。あと、考え事をするにしてもほどほどに、僕以外にも主さんの事を気にして何人か作業が手につかない人が出てきてるんですから」


 困ったように眉をハの字にする彼に対して、私の心は少しだけ軽くなっていた。目の前で心配してくれている彼には申し訳ないが、私の事で心配してくれたという事を知ったら嫌でもそうなってしまう。
 いつも兼さん兼さんと、ひっきりなしに相棒の事しか言わない彼が私へと意識を向けてくれた。それは、私が彼らの主だから、そして、彼が私の近侍だということもあるだろうがそれでも嬉しいものは嬉しいのだ。
 嫌でも緩んでしまう表情を必死に保とうと、頬を手で抑えている私を不思議に思ったらしい堀川国広は小さく首を傾げる。


「主さん、どうかしました?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
「それならいいんですが……また、何かあったらすぐに声をかけてくださいね。僕、それまでは兼さんと一緒にいますから」


 兼さん、その言葉にさっきまで浮きに浮いていた気持ちが一気にしぼんでいく。何か話終われば兼さん。二言目には兼さん。それが彼だ、仕方がない。


「うん、わかった」
「じゃぁ、失礼しますね」


 ゆっくりと腰を上げて部屋から出ていく彼を無言で見送る。止めようと思えば止められた。何か用事を考えて彼に言えばきっと優しい彼は素直に従ってくれるだろう。けれど、それができなかったのは、私にその勇気がなかったからだ。あぁ、本当に情けない。
 彼が兼定に対して信頼などの心しか抱いていないのは重々承知だとしても、恋い焦がれる者からすればそれすらも嫉妬の対象になる。私は、今きっとすごくひどい考えをしているんだろう。


「壁、高いなぁ…」


 目の前に立ちはだかるのは青と白の着物を羽織る大きな背中。ぺたりと足を崩して座りぼんやりと天井を見つめ、零れた言葉は静かに空気に溶けて行った。




面倒見がいい脇差


151105 執筆

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