hit記念企画 | ナノ
 ひらり、ひらりと舞い散るピンク色の花びら。それを照らすのは月の光だけ。なんて幻想的な風景なのかとナマエは小さく感嘆の息を吐く。


「なんだ、まだ起きてたのか」
「あ、兼さん」
「その呼び方、いい加減やめろって言ってるだろ」


 国広と区別つかねえんだ、と少し嫌そうに表情を歪めた兼定は大股で彼女の隣へとやってきた。隣につくと、彼の視線は自然と彼女の隣に置かれている物へと落とされる。


「酒飲んでたのか」
「うん、ちょっとだけ」


 お盆の上に綺麗に並べられている丸瓶とグラス。現世に帰った際、季節限定の酒だと宣伝されていたため興味がわいて買ってきたものだった。中には桜の花が一輪入っており。丸瓶を揺らすとその花も合わせるように中を漂う。元から一人で飲もうと小さなものを買ってきたため、そこまで量はなく。不意に夜目が覚め、外の桜も綺麗に咲いていたため、丁度いいから見ながら飲もうと思いだしたのだ。


「桜の花が入ってるのか」
「そう、綺麗でしょ?味もいいんだよ」


 ちゃぽん、ちゃぽんと丸瓶をゆらし、中の花を興味深そうに見つめる兼定はナマエの発した「味もいい」という言葉に僅かに瞳を輝かせた。そんな姿にナマエはくすくすと笑って彼へとグラスを差し出した。


「飲んでみる?」
「あぁ」


 おぼんを挟んで並ぶように縁側へと座った兼定は差し出されたグラスを受け取った。その中へゆっくりと酒を注いでゆく。トクトクと僅かに桜色をした液体が流れグラスを色づけてゆくのを見る兼定の表情は嬉しげだ。
 あまり量がないのでたっぷりにとはいけないが、それなりの量を注いで「どうぞ」とすすめれば傾けられるグラス。こくりと喉を鳴らしてゆっくりと酒を飲み、一息つく様に彼は息を吐き出した。


「うめえな。ふんわりと漂ってくる桜の香りもいい」
「よかった。気にいってもらえたみたいで」
「これ、まだあるのか?」
「ううん。これ一本だけ。それに、このお酒は春にしか出ない限定のお酒だからもうないと思う」
「そうか…」


 春か、と呟きながら彼は視線を目の前で満開の花を咲かせる桜の木へとうつした。この本丸には季節というのがない。元々現世から切り離された別の次元のような場所に存在している空間なので、それは当たり前の事なのかもしれないがそれはそれで少し寂しいと感じてしまうのは確かだ。


「なぁ、春ってどんなもんなんだ?」


 不意に投げかけられた問い。びっくりして彼を見れば、こちらを見つめる兼定の瞳は真剣だった。春とはどんなものなのか…問われても、こうだ、としっかりと言い表すのは難しい。結局それは人それぞれの感性によって成り立つものだからだ。ふわりと頬を撫でていく風に乗り、舞う桜の花びらがナマエ達の服へと落ちる。それを見つめ、ナマエは小さく口を開いた。


「あの桜みたいなものかな」


 言われるままに兼定が見るのは先程彼も見つめていた桜の木。柔らかな風に吹かれて花弁を散らしてゆく大きな木はただ静かに佇んでいるだけ。


「花を満開にさせて気持ちを躍らせてくれるけど、ずっとそれは続かない。ああやって次第に風で花が散って、少し寂しい気持ちにする」


 そんな感じだと言えばよく分からないと返答が来る。そうだよねと苦笑を浮かべ、ナマエは桜の木を見つめた。春は、出会いと別れの季節だと言い表したのは誰だったのだろうか。ナマエはこの桜が満開の季節にこの本丸にやってきた。そしていつしか彼女はここを去ってゆく。審神者の入れ替わりがあるのは緊急でなければ春だ。つまり、この季節に行われることになる。まさに、言葉のとおり彼女は春の季節に、刀剣達に出会い、そしていつか彼らと別れる。


「主、どうした?」


 不意に黙り込んでしまったナマエに気が付いた兼定が肩に触れれば慌てて顔を上げなんでもないと呟く。けれど、その顔からはどこか寂しげな表情は消えておらず、どうにか繕おうとしているが無駄な事だった。


「…なぁ、主」
「なに?」
「来年、こうやってまたこの酒を飲もうぜ」
「…!」


 何を考えて彼はそんな事を言ったのか。どこか優しげな表情を浮かべながら言ってくれたところからして、目の前の主がどんな事を考えどうしてあんな表情をしていたのか、大体は察しがついたのだろう。けれど、あえてそこを深く追求せずに未来の約束を出してくれる。あぁ、彼はとても優しい人だ。酒のせいではない体の暖かさにじんわりと目尻が熱くなる。


「うん、そうだね」


 必死に表情筋を動かしたが自分は今ちゃんと笑えていただろうか。ぽろりと目尻から何かが落ちる感触がして、頬を暖かな水が伝う感触がする。それを優しく指ですくってくれたのは兼定の細い指だった。少しだけ強く拭われ、そして優しく頭を撫でられる。


「来年はもっと沢山この酒買ってきてくれよ。俺以外の奴も飲みたがるかもしれねえしな」
「わかった。沢山買ってくる」


 そして、こうやって桜を見ながらお酒を飲もう。
 頭から頬へと降りてきた手に自分の手を添えれば、流れるように手を取られ指を絡められる。そこから伝わる体温はいつもの彼より高く、きっと彼が感じる自分の温度もいつもより少し高いんだろうなと思った。




さくらひとひら


150517 執筆


稲屋なた様、リクエストありがとうございました

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